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2/19/2006 大雪のあと・・・明日はプレジデント・デーで3連休となる人も多いこの週末。 昼下がりの気温は-2℃と厳しいものの天気は快晴。 1週間前にニューヨーク近郊を襲った吹雪が嘘のようだ。 あの日、前夜から降り始めた雪は翌日曜になっても衰えを見せず、 マンハッタン中心部にあるセントラルパークでの積雪量は 観測史上最高の68.3cm(26.9インチ)に達した。 凍てつく北風とともに吹きつける雪が視界を遮り、 日中の体感温度は-13℃。 降雪地帯の街であればともかく ニューヨークのような大都市近郊におけるこのようは天候は 人々の生活に大小様々な影響を与える。
その最たる例が交通機関。 激しい降雪に一般道の除雪作業は追いつかず、 マンハッタンと郊外を結ぶバスはしばし運休。 大雪に備えていたはずの電車も運休や遅れが続出。 休日であったのが救いだったものの、 私のようなバス依存者の足は完全に遮断される。
“それなら…”と家でくつろぐことにした私の耳に 何処からか耳障りな車のエンジン音が飛び込んで来た。 気になって外を見ると、 まだ除雪作業が始まっていない建物の敷地内から なんとか自力で脱出経路を生み出そうとする 近隣住人たちの動き回る姿があった。 しかし、降り続ける雪に屋外に駐車された乗用車は 既に車輪の上まで雪の中。 やがてやって来る除雪車の作業を待てば良いと思うのだが、
せっかちな一部アメリカ人にはその時間が耐え難いらしい。 頭の先から防寒具に身を包み 一歩一歩地道に雪をかき分ける男性がいるかと思えば、 軽装で自家用車に乗り込み、 エンジンをかけたとたんいきなり車を前後左右に動かして 強引に雪を除けようと試みる女性もいる。
降雪が止んだあとも、その影響は各所で続く。 たとえば郊外のバス停。 車道の除雪作業は行政が担当するものの、 歩道までは手が回らない。 周辺に住宅や商店のない写真のようなバス停は、 雪の孤島と化すためバス停から先の道は 歩行者各々が切り開いて行かなければならない。 従って郊外からバスで通う人々の足元は 見かけより実用重視の履き物が目立つ。
一方、人口の密集するマンハッタンでは、 行政に加え、隣接する各建物の所有者が敷地前の歩道の除雪を 一定時間内に行うよう義務づけられているため、 このような歩行者の負担は軽減される。
ところが、実際の歩行は困難を極める。
最大の障害物は降雨の後も必ず出現する『交差点の沼』。 見事に整備された日本とは比べものにならないほど 状態の酷いアメリカの道路。 人も車も多いマンハッタンの道はその中でも群を抜いている。 見た目にも明らかな 凹凸の激しい車道は ちょっとした雨でもあちこちに大小の水溜りを生みだす。 降雨・降雪量が多ければ、水溜りの数も大きさも増す。 ましてや歩道と車道の境になる交差点付近はその宝庫。 時には十字路の一角全てを覆うような『巨大沼』が出没する。 積もった雪と 『沼』の出現で限られたスペースの交差点に着くたび その進むべき道の選択を迫られる歩行者たち。 特に注意すべきはその深さ。 大きさは判断できても、 泥で濁った『沼』の深さは見当がつかない。 “急がばまわれ”と大まわりして安全圏を行く者。 先を急ぐあまり深さを見くびって『泥沼』に足をすくわれる者。 ハイヒールや革靴のつま先で『沼』の深さを確かめてから進む 慎重なスーツ姿の男女。 小さな子供を小脇に抱え、 長靴でグイグイ『沼』を突っ切る母親。 それぞれの性格がうかがえる。
単に足もとをすくわれるだけでなく、 『沼』は時として人の命を脅かす凶器ともなる。- 感電だ。 実際マンハッタンでは、 犬を散歩中だった女性が水溜りを通じて感電死したり、 複数の歩行者がタイムズスクエア付近の交差点で 電気ショックを感じたケースがある。 『沼』を渡るのも命がけだ。
『沼』の無い歩道は安全かと言えば、さにあらず。 高層ビルの建ち並ぶマンハッタン。 雪や氷のかたまりが 上空からおそろしい勢いで落下してくる。 建物の形状や風の向きにより、落下地点も異なるので、 歩道の歩行もボヤボヤしてはいられない。
また『沼』や『落氷』にばかり気をとられて車道に近づくと、 今度は周りを気にせず突っ走る車が放つ 『泥水シャワー』の餌食となる。 天候や道路の状態に関係なく爆走するタクシーが視界に入ったら 要注意!である。
このように障害物はいろいろあれど 何事にも素早く対応するのがニューヨーカー。 降雪後2日目ともなれば、 すっかりこの状況に順応しているところが逞しい。
12/22/2005 怪我の功名25年ぶりに決行されたニューヨーク市 地下鉄・バスの全面ストライキが3日目に入った。
1日24時間、1年365日、絶え間なく運行を続ける 『市民の足』が完全にストップして3日目。 マンハッタン内部はもちろん、 ブルックリン、クイーンズ、ブロンクスといった 周辺地区住人のマンハッタンへの足も遮断された。 とは言え職場や学校が休みになるわけもなく、 何百万人という老若男女が 自らの『頭』と『体力』と『金』と『時間』を使い なんとか日常業務をこなそうとしている。
おりしも今月のニューヨークは寒波続き。 カナダから吹きつける凍てついた北風も加わって 通勤時の気温は連日マイナス5℃前後。 体感温度ともなれば更に低下する。 厚手のジャケットにマフラー、 帽子、手袋、顔面マスク等に身を包み歩き続ける人々。
平常でも交通渋滞の絶えない道路事情を考慮し、 乗車人数が4人以上でなければ 車によるマンハッタンへの侵入は認められない(HOV4)。 商業用車両も例外ではないため、 いつものようにドライバー1人で物資を運んできたトラックは 目的地であるマンハッタンを目前にしてやむなくUターン。 毎日1人気ままに自家用車でマンハッタンへ通勤していた人々は ご近所さんや友人を連れだったり、 道すがらバス停で見知らぬ人々を拾っては人数稼ぎ。
無事マンハッタン内に入れたとしても 緊急車両の道を確保すべく 街中の主要道路があちこちで通行止めとなっているため その他の道路は大渋滞。 マンハッタン名物のイエローキャブは全てメーターを止め お互い見ず知らずの客を次々に拾ってゆくため 『乗り合いタクシー』と化している。 料金はエリアごとに設定されたゾーンに応じて加算されるため 渋滞で時間がかかっても金額が変わることはないが、 設定料金そのものは通常料金よりかなり割高。 よほどの距離を移動するのでない限り、 結局みな自分の足を使って歩く方法を選ぶ。
どんな状況に対しても 比較的素早く適応するニューヨーカーたちはともかく、 気の毒なのはクリスマスのこのタイミングにあわせて 全米各地、世界各国からやってきた観光客。 慣れない街での異常な日々に 困惑した様子の観光客の姿が街のあちこちに見られる。
通勤時間のめどがたたないなか、 オフィスや店の就業時間もバラバラ。 マンハッタンに来ることで余分な出費がかさむため 出勤するより有給を使って休む人も多い。
クリスマス直前でかきいれどきの今週。 ストによる経済的損失は必至。 『違法スト』として法廷にも持ち込まれたが、 未だに解決の見込みはたっていない。
マイナス面の影響を挙げたらきりのない今回のスト。 だが、少々視点を変えると良い点がなくもない。
幸いにも通常運行を続けているニュージャージーのバス。 マンハッタン到着後、ひたすら歩き続けるのはみな同じだが、 マンハッタンまでの足は問題なく確保されている。 毎日延々と続く渋滞のなか バスにゆられて通う道のりが、この3日間は実に快適。 “HOV4”のおかげでマンハッタンへ向う車両数が激減。 自家用車を使う人々はいつもより早く出勤しているせいか 通常のラッシュアワーがまるで週末並み。
またマンハッタン内各所の車両通行止めにより 5番街等の主要道路が実に静か。 まるで歩行者一人一人の息づかいが聞こえそうなほど。 日々どれだけ車の騒音が酷いかよくわかる。
そしてやむを得ない状況とは言え、 いつも以上にみなよく歩いている。 通勤の足は確保されている私でさえ、 昨日は南へ北へ東へ西へと マンハッタンの中を100ブロック以上歩き回った。 『太りやすい環境』に住む者にとって思わぬ『怪我の功名』だ。
そして誰よりもこのストを歓迎しているのは 地理的要因や親の都合で 堂々と学校を休める子供たちかもしれない。 11/12/2005 携帯電話あれこれいつものようにマンハッタンへ向うバスの中。 中国系の若い女性が乗り込んで来た。 その服装や仕草から学生かと思ったが、 どうやられっきとした社会人らしい。 運転手のすぐ後ろに備えられた3人がけの優先席のまん中に座ると 両脇に私物を広げた。 次にバックから携帯電話を取り出した彼女。 まずはオフィスに電話し、受付に同僚への取り次ぎを依頼。 どうやらその同僚とはこれまで殆ど面識が無い様子。 自己紹介からスタートし、 自分がシカゴへ出張している間 対応の難しい新規顧客の相手をして欲しいと懇願している。 見ず知らずの同僚に何とか承諾してもらおうと、 その顧客のバックグラウンドを詳細に説明する彼女。 顧客の会社名、担当者名、業務内容、取引先、資本金から 今回の依頼内容や予算まで、少し離れた席につく私にも 事情が全て呑み込めるような声で会話を進める。 相手が彼女の依頼を承諾すると一旦電話を切り、 次は友人とのおしゃべりが延々と続いた。
また通勤中しばしば同じバスに乗り合わせる若いヨーロッパ系女性。 恐ろしいことに、 彼女が携帯で会話していない姿は まだ一度も見たことが無い。 片道約30分のバスの中はもちろん、 バス乗場で見かけても、 バスを降りて行くときも、 彼女は常に同じ姿勢で会話し続けている。 右手で携帯を持ち、左手を口元にあてながら 声が外に漏れないよう用心しながら話し続ける。 右肩に掛けたバックは右肘でしっかり抑え、 視線は常に前方下の一点を見つめている。 容姿の整った彼女のその姿は『マネキン』を思わせる。
日本と違いこちらではバスや電車内での 携帯電話使用に関する規制がない。 安全性の問題から、 運転中の携帯使用に対する規制はようやく広がってきた。 しかし 電波の届かない地下鉄は別として、 公共交通機関の中での携帯使用は各自の良識次第。 電話の相手だけ確認して音を切ったり、 移動中であることを理由に後でかけ直すと伝え、 すぐ電話を切るのはごく少数派。 多くの人が普通の音量で普通に会話する。 よってそこが密室の場合、周りの人間は聞きたくも無い 他人の会話を延々と聞かざるを得ない状況に陥る。
先日のニュースで 国立公園内での携帯電話使用を可能にすべく 工事を進める電話会社に対し、 携帯の音や会話による騒音を理由に 反対するグループとの対立が取り上げられていた。 『わずかに残された閑静な自然環境を破壊するな!』 と訴える反対グループに対し、 携帯使用賛成派は、 孤立した国立公園内で遭難しかけた男性が 携帯電話によって一命をとりとめた体験をもとに、 緊急時のための携帯普及を訴えていた。
ワシントンDCの南に位置するバージニア州。 ここで先月から4度にわたって地元の銀行を襲った20代の女性。 彼女はその犯行中もずっと携帯電話で誰かと会話していた 前代未聞の銀行強盗として話題になっている。 まるで友人と話しながらショッピングでもしているかのごとく、 片手で携帯電話をかかえ、 何者かと会話しながら銀行の窓口で金を要求する若い女性の顔写真が 指名手配犯として報道されている。 携帯は外に待機する仲間との連絡に使われたという見方もあるが、 真実はまだ明らかになっていない。
今や毎日の生活に欠かせない携帯電話。 これにまつわる話題は尽きない。 8/5/2005 制服のゆくえ湿気の多い日本はもっと辛そうだが、 ニューヨークもいままさに夏本番! 今日の最高気温は35℃。 高層ビルの合い間をぬって上空から突き刺す日光とともに コンクリートから照り返される光と熱で 露出した肌は日ごと濃い小麦色に変わっていく。
整備された日本の地下街と違い、 ニューヨークの地下鉄駅構内には 冷房設備というものが存在しない。 特に出口を失った熱気がこもるプラットフォームは まさに「蒸し風呂」。 じっとしているだけで汗が吹き出してくる。
そんな蒸し風呂で今日も電車を待っていた時のこと。 1メートルばかり斜め前方に若い黒人女性が立ち止まった。 ロングヘアをアップにまとめ、 鮮やかなオレンジのタンクトップにジーンズ姿。 いわゆる「美人」ではないが、 スタイルの良いチャーミングな女性。 年齢は20代半ばといったところか。 どうやら私と同じ電車を待っている様子。
しばらくすると何処からともなくやってきた若い黒人男性が、 私と彼女の間、というか私の目の前に立ちはだかった。 身長にして裕に1m90cmはありそうな、 かなり体格のいい男性。 アメフトのラインマンと言ってもおかしくない。 後ろに立つ私など全く目に入らぬ様子で、 彼女の後姿をじっと見つめている。 と思ったら、大きな身体のわりに足どりも軽く 彼女の隣に何気なく歩み寄り、立ち止まった。 ちょうどホームに立つ柱を挟んで、 右側に彼女、左側にデカイ男性。 これまた大きな身体のわりに囁くような小声で、 あたり障りのない言葉を投げかけ、 徐々に彼女を会話の中に引きこんでゆく。 どうやら彼女にとっても その男性はイヤなタイプではなかったらしい。 ふと気がつくと2人はまるで ずっと前から知り合いだったかのように 笑いながら会話を弾ませ、 いつの間にかお互いの携帯電話を出して 番号を交換している。
そこへ私と彼女が待っていた電車がようやく到着。 だが彼女はもう電車など見向きもしない。 ドアが閉まり、 電車が走り去っても、 蒸し風呂のホームで2人は会話を続けていた。
ようやく仕事を終えて乗り込んだバスの車中。 いつもは頭痛がするほど冷房で冷えきった車内だが こんな日はなんともありがたい。 吹きだした全身の汗が徐々にひいていくのがわかる。 そして今日も目にしたのが制服姿の病院関係者。
日本のような白衣と違い、 こちらの病院に勤務する医師や看護婦、看護士たちは、 グリーンやブルー系の制服を着ている場合が多い。 いろいろな人間が出入りする病院施設内において、 関係者だと一目でわかる着衣だ。 が、そうとわかる人々を街中でも見つけることができる。 それは何故か? 彼らが制服を着たまま通勤しているからだ。 関係者が全員そうしているのではないと思う。 しかし街中でそういう人を目にしたのは 1回や2回ではない。 勤務を終え、病院から帰る途中の人もいるだろう。 だが、病院の前でバスを降りる人はどう考えても出勤途中。 彼らが汗と埃にまみれた制服のまま 病人に接するのかと思うと、 いつも首を傾げずにはいられない。 今日もそんな制服姿の関係者が 病院前のバス停でバスを降りた。
なにやら来客の多い今年の我家。 明日からは実父母が遊びにやって来る。 今回で3回目のニューヨークということもあり、 予定はほとんど入れていない。 そして来週半ばから3人で1週間ほどロンドンへ。 どちらかと言えば両親にとっては この旅の方がメインデイッシュ。 このところのロンドンと言えば、 ニューヨーク以上に厳戒態勢にあるようだが、 たとえテロリストであろうと、 バイタリテイー溢れる「旅行命」の実母を 止めることはできない。 私にとっても始めてのイギリス旅行。 実に楽しみだ。 6/12/2005 マナーの話昨日は朝から交通事故のニュースが目についた。 早朝から降り続いた豪雨のせいか、はたまた金曜日のせいか。 いつものようにマンハッタンへ向かう途中のバス道路でも やはり乗用車3台をまきこんだ衝突事故が発生していた。 (ケガ人はいなかった模様)
車社会のアメリカでは珍しくない交通事故。 ちょっとした『気持ちのゆとり』と『ゆずり合いの精神』があれば、 いくらか件数も減るような気はするが、 闘争心旺盛なニューヨーカーには『馬の耳に念仏』。 「とにかく他人より一歩前へ」 という気持ちの方が先にたつようだ。
車道のみならず、最近はいろいろな場面でマナーの悪さが目立つ。
歩きタバコや葉巻をする人は、 吐きだした煙は瞬く間に蒸発してしまうと思っているかのごとく、 周りにいる人の不快さにまったく気づかない。 大人の手元付近に顔がくる子供たちは、 不注意なスモーカーたちによって火傷を負う。 禁煙オフィスで働くスモーカーたちは、 ビルの入り口にたむろしてモウモウと煙を吐きだす。 タバコを吸うのは自由だが、 タバコやその煙が嫌いな人への配慮は忘れないで欲しい。
またお年寄りの多いバスの中、 学生や若い人が目の前にお年寄りが立っていても席を譲ろうとしない。 なかにはこちらが席を勧めても 「私は大丈夫よ。ありがとう。」 とおっしゃって立ち続ける元気なお年寄りもいるのだが、 大抵は席が空くのを待っているというのに。
そして私たち日本人を含むアジア系の人間に多いのが、 「Excuse me!」とか「Sorry!」(ちょっと失礼!) のひとことが言えない人。 例えば混みあった電車で、 周りの人々の合間をぬって下車しなければならないとする。 出入り口付近で立ちはだかる者も決して誉められないが、 動かなければならない人がひと言 「Excuse me!」 と言うだけで、周りの人間は素直にその人に道を開けることができる。 道を歩いていて人の前を横切ったり、 店頭で人の前にあるものに横から手をのばしたりする時も、 このひと言でお互いに不快な思いをせずにすむ。 地下鉄での乗り降りの際など、 無言で身体の一部が接触したばかりに、 たまたま虫の居所が悪かった相手とケンカになったり、 ひどい時には傷害事件に発展したりもする。 このひと言で全てが解決するとは言わないが、 決して無駄ではないと思う。
昨日乗ったバスの中でのこと。 適度に混みあったところへある白人のカップルが乗り込んで来た。 2人並んで座るスペースがなかったため、 男性が前、女性がそのすぐ後ろの通路側の席についた。 女性はブルネットのおかっぱ頭をジェットブラックに染め、 濃いピンクのストレッチ素材のTシャツに 黒いパンツ、ゴールドのサンダルを履いている。 2人が席につくと間もなく、 男性がチョット顔を横に向けたまま何やら女性に話しはじめた。 それを聞こうとした女性は、 大きく前かがみになって男性の顔のすぐ横に自分の顔を近づけた。 そのとたん、女性の短いTシャツも一気にずり上がり、 黒いパンツとピンクのTシャツの間に 20センチ四方はあろうかという女性の素肌があらわになった。 ピンク、黒、ベージュという3色の対比が鮮明だったこともあり、 女性の周りにいた乗客はみな一斉に彼女の肌に注目した。 女性の隣にいた男性などは、目を丸くして視線が釘付けとなった。 しばらくして話を終えた女性は、もとの姿勢に戻ったのだが、 カップルの会話と彼女の肌の露出はこの後も何度となく繰り返され、 その度に周囲の目が一斉に彼女の背後に注がれた。 私を含む周りの女性は呆れ顔で目をそむけ、 男性も目のやりばに困って視線をさまよわせる。 そのうち本人もようやくまわりからの視線に気づいたようだったが、 何をみられているのか一向にわからない様子。
当人の気づかないこととは言え、 周りの人に不愉快な思いをさせてしまうのも やはり『マナー違反』と言えるのではないだろうか。 6/5/2005 ビニール袋の使い方。今日は早起きして友人の引越し手伝い。 引越しと言っても、 わざわざ靴を脱いで部屋に上がり、 手際よく、そして礼儀正しく荷物を搬出してくれる 日本の引越屋さんを使うのではなく、100%自力。
乗り捨て用のトラックを借り、 自分で運転し、 NYから車で8時間ほど南のノースカロライナ州に たった1人で引越して行くのだ。 ちなみに友人は女性で御年6X歳! 誰が見ても10歳以上若く見られる方なのだが、 行動も実に若々しい。 NYには彼女のように芯の強い女性がたくさんいる。
引越しと言えども、今回は大きな家具が無く、 身のまわりの物が詰まった大・中・小のダンボール箱を レンタル倉庫からトラックに積みこむ作業。 大きな荷車2台を使い、 迷路のような巨大倉庫の中を移動して箱の山をトラックへ。 成人女性2人がかりでそれぞれ5回づつ往復。 約3時間半の肉体労働は 常に運動不足の身体にはなかなか心地よい作業だった。
「CTさん、 この13年間、公私ともに本当にいろいろとお世話になりました。 ありがとうございました。 少しばかり距離があいてしまいますが、 またすぐお会いできるのを楽しみにしています。 新天地での新しい出発。ご健闘を祈ります!」
荷積み終了後、いまや有名な観光スポットとなった 『チェルシー・マーケット』へランチに。 ここはいわゆる『ファッショナブルな商店街』。 花屋、八百屋、肉屋、パン屋、雑貨屋等が建ち並ぶなか、 イタリアンのデリでホウレン草とエッグサラダのサンドイッチを食す。 適度な運動の後の食事はやはり美味。
そしてみやげ(?)に日本の観光客の間でも有名だと言う 『Fat Witch』のブラウニーをゲット。 魔法使いをモチーフにしたロゴ入りパッケージがかわいらしく、 みやげには最適なのだろう。 庶民のスイーツであるブラウニーのアップグレードバージョンだ。
そして帰り道。
歳のころはやはり60代と言ったかんじのアジア系女性が 乗っていたバスに乗り込んだ。 上はショッキングピンクに青・緑・黄色の細かい花柄がついた ジャンパーのようなものをはおり、 下はエメラルドグリーンにこれまた青や緑の違った花柄が入った モンペのようなパンツをはいておられた。 ここまではまだ時おり目にするレベル。
が、ちょっと違ったのは、 2枚のビニール袋(どこかの店の柄つき)の使い方。 まず1枚は袋の2辺を破き、長方形に広げる。 それを「ここ!」と決めた1人がけの座席に敷きつめ、 両手を使ってきれいにシワを伸ばしてからその上に着席。
そしてもう1枚。 こちらは袋の口の部分を少しばかり折り返し、 おもむろに頭にかぶった。 その後も混雑したバスの中で あたり前のようにビニール袋をかぶり続ける彼女を横目に、 私は目的地でバスを降りた。 6/1/2005 目についたひと本日目についた人々。
① 朝から爆走していたバスの運転手。 あるバス停でじっと待っていたおじさんを完全に見過ごし、 20メートルほど離れた地点で急ブレーキをかけ、 かろうじて彼を拾った。 あわてて駆け寄ったおじさんが 停まってくれたことにひたすら感謝する一方で、 運転手は面倒臭そうに無言でバスを発車させる。 だが別のバス停付近では、 反対車線のかなたに建つアパートから飛び出してきた 若い女性をいち早く発見してバスを停車。 歩行者用信号が変わって彼女が道を渡り、 バス停までヒールでタラタラ歩いてくる間も ドアを開けて彼女が乗り込むまで笑顔でじっと待っていた。 運転手はもちろん男性。
② マンハッタンはミッドタウンの5番街。 誰一人足をとめることなく通り過ぎる中、 男性が歩道に座り込み、何やらまくしたてている。 彼の前には60~70センチ四方のプラスチックボックスが2つ。 中には白やオレンジの細長い破片(?)がタップリ入っている。 ふと男性の手を見ると、白い食物とピーラー(皮むき器)が。 「これがあればなんでも簡単に皮がむけるよ!」 しゃべりながらずっと同じペースで手にした食物を削り続け、 ボックスの中身はますます増えていく。 どうやら彼はピーラーの実演販売をしていたらしい。 何時間その場で実演していたかは不明。
③ 1日中留守番でかなり不機嫌な愛娘。 「もういい加減ベットに行って休もう!」と訴えても PCに向かい続ける母親にプッツン。 とうとう利き腕の上に座り込み、ガンとして動かない。 これではお手上げ。 よって今日はこれまで。 5/7/2005 渋滞の原因ある平日の昼下がり。 天気も上々だったのでウエストサイドは8番街からイーストサイド3番街まで歩くことにした。
マンハッタンに来たことのある方ならご存知だと思うが 平日、車でのクロスタウン(東西に移動すること)は実に厄介。 大通りを選ぼうが、一通の道を走ろうが、決まって渋滞にまき込まれる。 渋滞の原因は様々。
『決死』のイエローキャブ・ドライバーたちは車線を無視して勝手気ままに突っ走る。 “やつらの好きにはさせぬ!”とばかりにバスの運転手たちは協力してタクシーをけん制する。 わずかの間もじっとしていられない地元の歩行者たちは、信号機を完全無視して道路に飛び出す。 トライアスロンの選手を連想させるメッセンジャー(日本のバイク便?)たちは、 車両や人混みのわずかの隙間を音もなく猛スピードで走りぬける。 そしてここに、その思考回路を疑うほど訳のわからない指示をふりまく交通整理の役人が加わると、もう目もあてられない。 「頼むからあんたたちはどこかに引っ込んで、交通整理は信号機に任せてくれっ!!!」 と叫びたくなる混乱があちこちの交差点で展開されるのだ。
人混みが大キライな私は、この日もできるだけ人気の少ない歩道を選びながら東に向かった。 途中、とある小さなホテルの前で大きなスーツケースやバックを抱えた観光客らしき女性と ホテルのドアマンが車道を見つめてじっと様子を伺っていた。 彼らの視線の先には女性のパートナーらしき男性が、 道路の中央に車を止めたタクシー運転手と助手席の窓越しに何やら話しこんでいる。 どうやらJFK(ジョン・F・ケネデイー国際空港)までの運賃を交渉しているらしい。 男性は 「$40だ!$40だったら乗る!」 とオファーするが 運転手は 「ダメダメ!メーターまわさないと乗せないよ!」 と言いはる。 遠くから2人の様子を見守っていたホテルのドアマンも 「ここからはメーターを回すのが決まりなんだよ!」と 男性を説得しようとするが、彼はしぶとく交渉を続ける。 “乗せるのが嫌ならさっさと走り去ればいいのに・・・”とも思うが タクシーの運転手も長距離客確保に向けて必死に説得を続ける。
そんな場面をヨコ目で見ながらさらに歩を進めると、 ほんの2~3台先で黒塗りのリムジン運転手と白タクのような車の運転手が やはりそれぞれの車を道路中央に止めたままリムジンの後部バンパーを穴のあくほど見つめている。 どうやら後ろの白タク運転手の不注意で、前のリムジンに軽く衝突したらしい。 リムジン運転手はその大きな身体をかがめ、太い指でバンパーの一部を指しては 「見ろ!こんなところに傷がついてる!どうしてくれるんだ!」と言い寄っている。 歩道にいた私には全く確認出来ない程度の傷跡のようだったが、 リムジン運転手は大損害を被ったかのごとく相手の運転手を非難し続けた。 そして相手側の運転手はといえば、 人の車に衝突するのは日常茶飯事かのごとく慣れた様子で 「はぁ?どこに傷がある?どれだって?」と完璧にとぼけている。
4人の言い争いを知るよしもなく、 タクシーの後ろには既に長い渋滞が発生し、 後続の運転手たちは一通で身動きの取れないまま原因不明の渋滞にイライラを重ねている。
“やっぱり歩いて大正解!”と自分の選択に満足した午後だった。 5/1/2005 ニューヨーカーの実態一般に “ニューヨーカー” と言うと聞こえは良いが、 この街で生まれ育った正真正銘の “ニューヨーカー” たちの中には マンハッタンのことをあまり知らない人が結構多い。
たとえば知り合いの30代半ばアメリカ人男性。 彼はこの街で生まれ育ち、学校も職場も全てNY近郊という生粋の“ニューヨーカー”。 しかし、この狭いマンハッタンを走る限られた地下鉄路線や 碁盤の目のような大通りを直進するバス路線を 彼は殆ど把握していない。 毎日通勤に使う路線はかろうじて理解しているようだが、応用がきかない。 従って 仕事でちょっと離れた場所に出かける時など大変だ。
日本のように時刻表の存在しないマンハッタンの地下鉄やバス。 一歩譲って その待ち時間を入れたとしても オフィスから1時間あれば余裕で往復できる場所に行くとする。 が、何故か彼は2時間たっても戻ってこなかったりする。 途中サボっていたのかと思い、あとで彼のたどった道順を聞いてみると 呆れるほど遠回りをしている。 しかし本人は「間違えることの無い確実な路線を選んだまで」と言いきる。 事前に誰かが最短距離を教えてくれる場合はともかく、 いつも『自分の熟知する1路線』と『足』だけを頼りに行動しているらしい。
そうかと思うと 別のアメリカ人女性の友達は、方角が一切わからない。 よって 彼女と待ち合わせの場所や、街で見つけた気になる店の所在 を話し始めるとかなりの時間と忍耐力を要する。 高層ビルの立ち並ぶマンハッタン。 エンパイアーステートビルやタイムワーナーセンターなど 目印になりうる建物や公園はいくらでもありそうだが、 彼女の頭の中では 目に映る景色と地図や方角がどうしても一致しないらしい。 普段あまり足を運ばないエリアならまだしも、 毎日通る街角であっても東西南北がわからないのだからどうしようもない。
かく言う私もあまり威張れたものではないことは十分承知している。 もちろん私は彼らのような“ニューヨーカー”ではない。 しかし、他州からこの街に移って13年。 大抵のことは知っているハズなのだが、実際はそうでもない。 特に自分の『無知』を思い知らされるのが、 日本から観光でやってくる皆さんとお話しする時。 みなさん本当に物知りだ。 日本で数多く出版されているガイドブックや NYの特集記事が載る各種雑誌のおかげもあるのだろうが、 マンハッタンに続々と進出する新しいお店やレストランから ブロードウエイやオフ・ブロードウェイのショーの数々まで、 この地に住む私たちが日本に住む皆さんに新情報を教わることもしばしば。
『燈台下暗し』とはよく言ったものだ。 4/11/2005 アメリカの公務員日本ではいま郵便局の民営化について盛り上がっているらしい。
同じ公務員でも、日本に比べてアメリカの郵便局員は信じられなく作業がスローだ。 特に大都会ニューヨークで働く局員たちの頭の中には、 カスタマーサービスの「カ」の字も存在しないと思われることもしばしば。
どんなに混雑してお客が行列を作っていても平気で席を外したり、 仲間同士でくだらない会話に花を咲かせつつ、作業の手をやすめたりもする。 客に対する態度もデカイく、コトバ使いも乱暴・・・なんてのは制服のごとくあたり前。 いちいち気にしてなどいられない。
ある街中の郵便局でのこと。 スペースは狭く、窓口も少ないが、お客は結構入る場所。
順番待ちをしていた年配で大柄な白人男性がカウンターに近づいた。 しかしなんだか足もとがあやしい。 と思ったら、カウンターの黒人女性局員に向かい、いきなり大きな声で自己紹介をはじめた。
「わしの名前はXX XXX。もと○○○に勤めていたんじゃ。」 「今日はこの書留を送りにきた!」
と言って、ジャケットの胸元からなにやら紙の束をゴッソリ出しはじめた。 ただその中に、書留に必要な書類は見当たらず、局員は冷静に 「この用紙に記入して」と促す。
一応素直に必要事項を記入し始めたものの、彼のおしゃべりはとまらない。
「わしはきちんと選挙の投票もしている。ホラ、これがわしの証明書じゃ!」 と言っては、紙の束からVoting Registration Cardを取り出して局員の目の前に突き出す。
「わしは△△△クラブの会員でもある。ホラ、これがそのカードだ!」 と言っては、とこかの会員カードを取り出し、また局員に見せる。
「わしはこんな素晴らしいクレジットカードも持ってるんだゾ! どうだ、カッコイイだろう?」 と言うと、誰もが持ってるクレジットカードを一枚取り出し、またまた局員に見せる。
このような男性の一挙一動を見守りつつ、 イライラしながら順番待ちを続けたり、 男性の突拍子もない言動に笑いをこらえる私たち客とは対照的に、 女性局員はじつに冷静に、笑うことも怒ることもなく、ただ淡々と自分の作業をしながら 彼の様子を注意深く見守り続けた。 そして彼が関係のないカードやら証明書を取り出すたびに、 「早く記入して!」と母親が子どもを諭すように促すのだ。
その後、ようやく1枚の書類に必要事項を書き終え、見せたい物を全て見せ終えた男性が 「これで終わりかい? じゃあ今日のところは帰るが、わしはまた来るよ!」と言うと、 またまた冷静に 「私があまり忙しくないときにしてちょうだいね。」とサラッと受け流し、 「いつ来るかわからんよ、わしは。 予測もしてなかった時に、突然現れるのがわしだからねっ!!」 という捨て台詞に対しては、アメリカ人お得意の 「Next!(次の人!)」でかわした。
変わり者の多いニューヨークで公務員を勤めるには、 やはりあのような物事に動じない性格が不可欠なのかもしれない。 4/6/2005 女神への道マンハッタンに来る観光客が1度は必ず見に行く『自由の女神』。
女神像のあるLiberty Islandは 2001年9月11日以降 テロ対策としてクローズしていたが 昨年8月に再びオープン(毎日8時30分~5時15分)。 女神像内部の観覧が 要チケットのグループツアー形式になったようだが、 日々多くの観光客が訪れているようだ。
この女神像をひと目見ようと思ったら、 殆どの人がまずマンハッタンの最南端に位置するバッテリー・パークを目指す。
ここから行列覚悟でLiberty Island行きのフェリーに乗るもよし、 遠巻きに女神像を見るもよし、 スタテンアイランド行きのフェリーに乗り込んで水の上から見るもよし。
だが問題は このバッテリー・パークに到着するまでの道のり。 特にタイムズスクエアのあるミッドタウン・ウエストあたりから南端を目指すとき 利用するのが 赤い地下鉄の1・9ライン。 その終点となる『South Ferry』はマンハッタンの最南地下鉄駅でもある。
ところがこの1・9ライン。 うっかり後方車両に乗っていると、 終点の 『South Ferry』 駅で下車できなくなる。 日本では想像つかないかもしれないが、事実だ。
とりあえず車掌は 電車がダウンタウンに近づくとアナウンスを始める。
「South Ferryに行く方は前方の車両に移動して下さい。」 とか 「・・・車掌より前の車両に移動して下さい。」 とか 「・・・前方5両の車両に移動して下さい。」 とか。
しかし、マンハッタンの地下鉄に不慣れな観光客や 英語があまりよく解らない外国人には正しく伝わらないことも多い。
何も知らないまま後方車両に取り残される人あり、 下車可能なのが最先端車両のみだと勘違いし 電車が駅でストップするたび ひたすらゴールに向かってダッシュを繰り返す人あり。
よって 乗り換え最終地点である 『Rector Street』 の狭いホームでは このアナウンスに翻弄された 迷える観光客たちの懸命に走る姿が 日々後を断たない。 3/26/2005 正直な子供「ママぁ~! 臭いよっ!」 「ここ 臭い!」 「あ~っ! あの人が臭いんだぁ!」 「ねえ、あの人!臭いよぉ。」 「すっごく くさあ~い」
イースター前日の 『グッド・フライデー』 3連休の初日ということもあって、街は親子連れやカップルが多い。 混みあった地下鉄車両の一角に なぜか人のいないセクションを見つけ 4~5歳の男の子を連れた若い白人女性がホームから電車に乗ってきた。 最近マンハッタンで増えている日本製の明るくてきれいな新型車両だが、 乗客のマナーとメンテナンスの悪さで 早くもが汚れが目立つ。 どうやら母親はマンハッタンのはずれにある 『ブロンクス動物園』 に息子を連れて行くらしい。 乗車したとたん、懸命に車内の地下鉄マップを見つめ 経路を考えている。 母親に手をつながれた息子の背後には 異臭を放ちつつ 生活に必要な全てを詰め込んだ包みとともに じっと座って目を閉じる 白人男性のホームレス。 その姿と臭いを避け、 彼のまわりには誰も近づかない。
地図に熱中する母親に向かって 男の子はさけび続ける。 「ママぁ!あの人 臭いよぉ!」 ホームレスに気づいた母親は 声をひそめて息子に注意する。 「わかったわ。でもママはちょっとこれを見るから静かにしていて!」 しかし男の子は黙らない。 様子を見かね、近くにいた別の白人女性が 母親に言う 「子供は正直よね。 思ったことは口に出さないと気がすまないから。」 助けを得て ホッとした母親は同意する。 「そうなんですよね。何でもすぐしゃべってしまうから、困ってしまって。。。」 2人の会話がしばし続いた後、電車が次の駅に到着した。 おもむろに子供を連れて電車を降りようとする母親に 女性が 「動物園への乗り換えはまだ先よ!」 と言うと 「私もこの臭いには耐えられませんから 隣の車両に移ります。」 と言って去って行った。 ホームレスの男性は 相変わらず 身動きひとつせず その場に座り続けた。
マンハッタンの地下鉄内で 時おり目にする光景だ。 3/20/2005 不満の絶えない人々混みあった映画館で 高いお金を払い つまらない映画を観るほどシャクに障ることはない。 そこで今回は 平日の昼間 チェルシー地区にあるマイナーな映画館で 1人静かに映画鑑賞することにした。 入場券を買っていると、白髪の白人女性2人組が一歩先に館内へ。お2人とも歳のころは70そこそこ。 私と同じもくろみでこの時間帯とこの場所を狙って来たことは多分間違いない。 上映されている映画のラインナップから、同じ映画を観にきたであろうこともなんとなく察しがついた。 案の定、同じ場内へ。 小ぶりの会場の最後列の真ん中に陣取られたお2人を通り越し、私は中央より少し後ろの席に落ち着いた。 お2人とは適度な間隔をあけたつもりだったのだが、狙い通り観客もまばらな場内。 私たちの間に座る者は無く、小声でささやきあっておられるつもりだろうが、話は全部つつぬけ。 お天気の話やら体調の話、たわいない会話に花がさいた。 そうこうするうち照明がおち、スクリーンに映像が映った。 まずは上映前必ず目にするお決まりのCMの数々。 笑いをねらったものも多く、後になって何のCMだったか思い出せないが、そのオモシロさだけが印象に残ったりするものあり、ねらいが外れてただただくだらないものもある。 ...そんなやつが1つながれてしまった。 その途端うしろから冷ややかな声で 「くだらないっ!」 とひと言。 せっかく平和な会話を楽しんでいらしたのに、一気に不満が吹き出してしまったようだ。 「まったくこんなくだらないものを見せて、どういうつもりかしら!」 「だいたい最近の映画はおかしいのよ!こんなにコマーシャルばかりながして。」 「この映画館も悪いんじゃないの?」 「そうよ!だいたいこの大きな音はなんなのよ!うるさくて耐えられないわ!」 「そんなに客がいるわけじゃないんだから、こんなに大きくしなくても聞こえるのに!」 「そうよ!そうよ!私なんか補聴器してるのよ!こんなに大きな音じゃ映画を観るどころじゃないわ!」 「あ~っ!!! もう耐えられない! この音なんとかしてよ!」 この様子に周りの客もチラホラお2人を振り返るが、かと言って何ができるわけでもない。 するとお2人のうちの1人が私の横の通路を歩いて会場前方へ。 スクリーンの前まで来ると客席の方に向き直り、仁王立ちして左手を腰にあてたたまま、右手を目の上にかざして会場の後方上部を見据えた。 皆が何事かと見つめるなか、彼女は次にその右手を大きく振り始めた。 どうやら映写室にいる「かも」しれない誰かに向かって音量を下げるよう訴えかけているらしい。 このむなしい努力は3分ほど続いたが、とうとう諦めた彼女はしぶしぶ席に戻った。 その後またひとしきりお2人で映画館側の落ち度を討論しあった後、ようやく映画が始まった。 感動的な場面の続く静かな映画の上映中、上下左右隣の会場から伝わる音や振動がやたら不快だったが、これにはお2人も無関心。 ただただ映画に没頭し、涙しておられた。 日々の生活において、アメリカでは不満や感情を抱いたらすぐさまそれを相手にぶつける人が多い。 不満の対象も人それぞれ。 不満をじっとこらえ、自分の中で大きなストレスにしてしまうより、即座に吐き出して、スッキリ忘れてしまう方が精神的にはずっとよいのであろうが、次々に吐き出される不満だらけの社会で生活するのもなかなか大変である。 3/15/2005 誘ってくれる人ここアメリカでは何故か東洋人がとても若く見られる。事実私の友人は、もうすぐ40に手がとどきそうな年になってまで酒屋で身分証明書を求められ興奮していた。 ところが、同じ東洋人で若々しいはずの私に街で声をかけてくるのは大抵50~60代のおじさんばかり。 今日もある文房具屋でこんな人に出会った。 おじさん「こんにちはぁ!」 私「こんにちは。」 おじさん「クスクスは好きですか?」 私「???」 おじさん「私はフランス人です。クスクスって美味しいでしょう?知ってますか?」 私「ええ、まあ。」 おじさん「私はフランスから来たジャーナリストです。あなたは?」 私「私は不動産屋をしています。」 おじさん「うわぁー、残念!つい先日アパートを売ってしまったんだ!あなたを知っていたら是非お願いしたのにっ!」 私「それはどうも。」 おじさん「しかし残念なことをしましたよ。あの当時つい25万ドルっぽっちで売ってしまいましたが、今だったら1億ドル以上取れたのになぁ。。。」 私「まあ!どんなアパートでいつごろ売られたんですか?」 おじさん「小さなスタジオ(ワンルーム)で2ヶ月前です。」 私「.....」 おじさん「あなたは結婚していますか?」 私「はい。」 おじさん「私はつい先日離婚しました。まったく散々な目にあいました。25年も結婚していたうえに、別れる時は家も財産も全て妻に持ち去られました。もうアメリカ人はこりごりです。」 私「.....」 おじさん「フランスには行ったことありますか?」 私「いえ、まだ。」 おじさん「ヨーロッパ、行きませんか?パリ、ローマ、チューリッヒ、、、今ならどこでもたったの399ドル!」 私「それは安いですね。お出かけになるんですか?」 おじさん「いやいや!これは私のやってる旅行会社で出しているツアーなんです。ホラ、チラシもこの通り。いまからこれを街で配ろうと思ってたところなんです。」 私「.....」 おじさん「これから先はどんどん高くなりますからね。これは絶対お得ですよ!」 私「でも期限つきツアーなんじゃないですか?」 おじさん「大丈夫です。あと2週間、3月31日までありますから。」 私「.....」 おじさん「それでどうです?クスクスは?食べますか?」 私「???」 おじさん「今日のあなたはお忙しそうですから、コーヒーをご馳走するのはやめておきます。でも今度是非クスクスとフレンチワインをご馳走させて下さい!」 「私はフランス人ですから、いつもカッコよくしていないと!」と言うなり身なりを整え、黒いサングラスを内ポケットから取り出して暗い店内でかけた後、おじさんは手を振りながら笑顔でその場を立ち去った。 ちなみに彼は50代半ばといったかんじのコテコテのフランス系ユダヤ人で、きちんとしたスーツの上にウールのコートをはおり、始終笑顔を絶やさず、唐突な話題を取り上げてはまじめにしゃべり続けていた。 3/14/2005 人間は習慣の生き物マンハッタンのとあるパフリックスペースにて目にした光景。 |
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