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    4/29/2007

    春のバンクーバー親孝行の旅(後半)

    遊びのような、仕事のような、慌ただしい3日間が瞬く間に過ぎ、

    帰路についたのは日曜日の朝。

    前日の夜、友人から初めてその日に地元のマラソン大会が開催されると知らされ、

    早めにホテルを出ようと、フロントに車を頼んだ。

     

    予定していた時間になり、フロントからの電話を取ると

    「少し早いのですが、そろそろ車を呼んでもよろしいですか?」

    「まだ呼んでないのですか?!すぐ呼んでください。」

    5分後。

    電話が鳴ると同時に母に受け答えを頼み、別れの挨拶もそこそこに部屋を出る。

    1階に下りた私を待っていたのは、にこやかな表情のフロントの男性。

    「実は、今日このあたりでマラソン大会がありまして、

    道路が封鎖されているので、車が入って来れないと言うんですよ。」

    「・・・・・」

    「どうしましょうかねぇ。。。」

    「どこまでなら来れるんですか?

     その場所まで私が移動しますから、場所を決めて教えて下さい。」

    「どこまで来れるのかなぁ。」

    「・・・・・」

    「ちょっと待って下さいね。もう一度あちらと相談してみますから。」

    5分後。

    「わかりました!こうしましょう!○○通りと××通りの角にスターバックスがあります。

     そこで△△会社の車が、あなたのことを待っています。そこまで歩いて下さい。」

    難題を解決した喜びから、さらに大きな笑みを浮かべる彼にお礼と別れを告げ、ホテルを後にした。

     

    待ち合わせ場所まであと2ブロックと迫り、

    車のいない2車線道路を渡ろうとした矢先のこと。

     

    -何処からか群衆の近づく気配-

     

    ふと振り返ると、テレビでよく見るマラソンの先頭集団が

    1ブロック後方の角を曲がり、こちらに向って突進してくる。

     

    「まずいっ」 と思うも、時すでに遅し。

    渡ろうとしていた目の前の通りを、ランナーの集団が駆け抜け、埋めつくす。

    次から次へ、まるで濁流のように押しよせるランナーたち。

     

    マラソンをナマで観戦している感動。

    素早く動けなかった自分への苛立ち。

    飛行機の時間と、待たせている車が気になる焦り。

    どうしようもないという諦め。

    様々な感情が相まって、思わずその場で声をあげて笑い出してしまった瞬間、

    傍で観戦していた地元の男性と目が合った。

     

    「観戦するのに最適なスポットを手に入れたね。」

    「いや、そういうわけじゃないんです。

     実はここがマラソンコースだということを知らずに、

     この先で空港行きの車と落ちあう約束をしてしまったんです。

     いったい何人くらいの走者が参加しているんですか?」

    「今日のは5万人ちょっとかな。」

    「!!!」

    実はこの大会、カナダで一位、北米で二位の規模を誇る10キロマラソン大会。

    この日の参加者は過去最高の5万4千人。

    短距離なのでピッチも早い。

     

    荷物を抱えて立ちつくす私に

    「飛行機は何時?」

    「××時発の国際線なんですけど。」

    「ん~、ちょっと厳しいかもしれないね。」

    「・・・・・」

    「よし!僕についておいで。」

    「?!」

    「いいかい、こういうレースは途中で少しだけ『隙間』が空くんだ。そこを狙おう。」

    「ねらおうって・・・」

    「僕が合図したら、遅れずについて来るんだよ。いいね。」

    「へっ?!」

    ちなみに私は走ることが苦手だ。

    特にマラソンは子供の頃から苦手中の苦手。

    マラソン大会など出たことも無ければ、ランナーの気持ちもわからない。

    ただこのままでは、いつまでたっても前進できないことだけは確かだった。

     

    あくまでも自然体なその男性の合図とともに

    素人目にはとても『隙間』に見えない空間に向ってスタートをきった。

      大きな旅行バックを肩に下げ

        ヒールの高いブーツで道を蹴りながら

          ランナーたちの合間を縫って斜めに走り抜ける

    たかが2車線道路がこれほど長く感じられたことは無いし、

    道を渡るのにこれほど緊張したこともない。

    無事渡りきった瞬間は、まるで自分もマラソンに参加したような達成感を味わった。

    最後まで紳士的なその男性に何度もお礼をし、別れを告げ、先を急ぐ。

     

    約束の交差点が近づくと、こちらに向って大きく手を振る男性の姿が飛びこんで来た。

    その後ろには△△会社のサインを掲げた車。

    「いやぁ、よくあの道を渡れましたねぇ!

    こちらから見ていて、どうなることかとハラハラしましたよ。」

    まるで長年の馴染み客を迎えるように、

    そのドライバーは大きな笑みで私を歓迎し、両手で握手を求めてきた。

    マラソンで足止めを食らっていた時間だけでも15分はあったというのに、

    料金メーターはエンジンとともに休止したまま。

    香港から移住して10年。

    「ドライバー業は週末のアルバイトでね。」というその男性。

    自慢の娘をはじめ、自分や家族、

    果ては同じ香港や中国本土、台湾からの移民仲間の話を、おもしろおかしく話してくれた。

     

    3人の男性たちの協力で、無事到着したバンクーバー空港。

    昼なお閑散とした空港なのだと実感。

    アメリカ行きは専用のゲートがあり、

    空港内で米国の入国審査が受けられるようになっている。

    この経路を利用する乗客がよほど少ないのか、

    生まれて初めて入国審査官と軽口を交わしてしまった。

    「(日本語で)あなた“かわいい”ですね。」

    「もう“かわいい”という歳ではないので、できれば“きれい”の方がいいな。」

    「OK!あなた“きれい”です。」

    「ありがと!」

     

    『バンクーバーの人々は実に温厚で親切だ。』

     

    そして再びニューヨーク。

    この日は十数年ぶりの暴風雨がニューヨーク近郊を襲い、飛行機は大幅に遅れた。

    キャンセルにこそならなかったものの、私の便が到着したのは深夜1時過ぎ。

    もちろん空港は乗客でごったがえし、タクシー乗り場には長蛇の列。

    あらかじめ車を予約しておいて正解だったと胸をなでおろし、到着ロビーへ。

    黒服のドライバーたちが、それぞれの客の名札を持って出迎える中、

    私の名前を探すが、どうしても見あたらない。

    周囲を見わたすと、少し離れた柱にもたれ、両足を広げて座りこみ熟睡する一人のドライバー。

    その胸には大きく書かれた私の名字。

    気の毒とは思いつつ、彼の身体をつつき、起きてもらう。

    「あ、やっと着いた?

     空港に着いてから飛行機の遅れを知ったんで、思わず寝ちゃった。」

     

    ここでもやはり、私は見知らぬドライバーの馴染み客となっていた。

     

    4/27/2007

    春のバンクーバー親孝行の旅(前半)

    正味3日でカナダのバンクーバーへ出かけた。

    目的は実母孝行。

    昨年末をもって営業の第一線から退いた母。

    長年の夢であった海外生活を実現すべく、バンクーバーへの語学留学を決意。

    僅か2ヶ月間とはいえ、年金がいただける歳にして初めての海外1人暮らし。

    これまでカナダ西海岸には縁が無かったこともあり、

    観光を兼ねて様子を見に行くことにした。

     

    今回も移動にはエアラインのマイレージを使用。

    ただし直行便が無い路線のため、シアトル経由で片道約8時間の旅。

    騒がしいラッシュアワーのニューヨークを夕方出発し、

    バンクーバーに到着したのは現地時間の深夜12時。

    大都市の空港とは思えないほど閑散としており、逆に落ちつかない。

     

    空港からダウンタウンまでは車で約30分。

    バンクーバーの街とその歴史が大好きという

    おそろしく礼儀正しいタクシー・ドライバーの案内を聞きながら、静かな夜の街を移動した。

     

    2010年の冬季オリンピック開催を控えたバンクーバー。

    美しい山々に囲まれ、豊富な緑と水に恵まれた穏やかな街に、

    急ピッチで開発の波が押し寄せているといった様相。

    不動産価格の急騰、交通網の不備、急増する予算とともに深刻化する財政難など、

    地元の人々にとって、オリンピックの到来は手放しで喜べる話題ではないようだ。

    今回、母が滞在先に選んだのは、スタンレーパークにほど近いホテルアパートメント。

    約500sf(約46㎡)の1ベットルームには

    キッチン設備から洗濯・乾燥機、家具やリネン、食器類まで付いて、週一回のメイドサービス込み。

    リビングと寝室の他に小さな勉強部屋もあり、学生にはぴったりの間取り。

                                         

        

    ゆったり深めのバスタブも日本人好みだ。

    英語学校を通じて日本から予約したホテル代は、9週間で415,000円。

    マンハッタンの半額以下である。

     

    初めてこの街を訪れ、何よりも驚いたのが日本食と文化の浸透ぶり。

    空港内の日本語案内をはじめ

    特にダウンタウン周辺には、様々な日本食レストランや雑貨店が軒を連ね

    さながら 『カナダ版-ホノルル』 と言ったところ。

    観光客の多いエリアを中心に歩きまわったせいか、

    街中ですれ違う日本人の数も半端ではなかった。

    ちなみに、たまたま入った寿司屋のネタ(特にサーモン)の新鮮さと

    にぎりのシャリや巻物の小ささには驚いた。

     

    限られた時間のなか、教えることを端から忘れる母へのオリエンテーションの合間にこなしたのが

    <イタリア系カナダ人一家宅での夕食会>

    イタリア生まれのお父さん自慢の手作りラザーニア

    &グリルした本場のイタリアン・ソーセージが絶品!

    明るく楽しい一家とともに、おしゃべりと赤ワインがすすんだ。

    <カナダ製の皮ジャケットを$100引きで購入>

    セールの最終時期を迎えていた皮専門店で掘出し物を発見。

    上質なカナダの皮製品。為替差益もあって更に得した気分。

    <市内観光>

    基本的にバンクーバーの人はよく歩き、よく走る。

    平たんなマンハッタンに比べ、坂道のアップダウンがきつい箇所も多いが、

    全体的に歩行者に優しい街であるのは確か。

    運動不足の母を騙し騙し、最終日はかなりの距離を歩きまわった。

    ダウンタウン

                

    バンクーバー発祥の地 ガス・タウン

             

    北米最大 飲茶が安くて美味いチャイナ・タウン

         

    歩いて渡りきった グランビル橋

         

    新鮮な食材が揃うマーケットが有名 グランビル島

         

    美しい夕陽と砂浜が楽しめる イングリッシュベイ→

         

    美しい白イルカと愛らしいラッコに魅了された スタンレーパーク水族館

                   

    広大なスタンレーパーク

           

    こうして振り返ると、歩き慣れない母には、少々厳しいルートであったかもしれない。 

    12/11/2006

    秋の日本食べ歩きの旅

    2年ぶりの一時帰国。

    見慣れぬ高層ビルが建ち並ぶ街並み。

    新たな地下鉄ラインとチケット制度。

    迷路のように広がる地下街。

    記憶力の低下に加え、都心の変化は著しく、戸惑うことばかり。

     

    今回の目的地は東京・宮城・長野。

    美味いものを食べ、

    懐かしい人々に会い、

    美しい日本の秋景色を堪能した。

     

    1日目(東京)

    北鎌倉駅より『臨済宗 建長寺を訪れた後

     

    鎌倉・鉢の木にて精進料理と地ビールを賞味。

    食後は七五三の参拝客で賑わう『鶴岡八幡宮と『鎌倉国宝館を訪問。

        

    夕食は品川・ホテルラフォーレ東京の『なだ万にて本懐石と辛口の大吟醸。

    初日から日本の秋を目と舌で満喫。

     

    2日目(東京)

    ランチは地元の常連客が多いという本願寺近くの『築地・き楽鮨』

    ネタの新鮮さは文句なし。

    大好物の“ひかりもの”を冷酒とともに思いっきりいただく。

    夕食は新宿西口付近の『串揚げ・でめ金』にて人気の『でめ金コース』

    大胆かつ繊細なメニューの数々に、カロリーも忘れて思わず手がのびる。

     

    3日目(東京)

    お昼は「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨にて『すがも・田村の小会席。

    クリームチーズやタンシチューなど、洋風素材を使ったメニューがユニーク。

    食後は有名な『とげ抜き地蔵』を参拝し、お年寄りで賑わう商店街を散策。

    夜は渋谷・セルリアンタワー東急ホテルの『Szechwan Restaurantにてディナーコース。

    燕の巣、フカヒレ、黒毛和牛、伊勢海老と豪華素材が続くなか

    最も印象に残ったのは しめの『坦々麺』

     

    4日目(東京)

    新宿京王デパート『パリの朝市にてランチコースと白ワイン。

    美味しいフレンチを気軽にいただけるのは日本ならでは。

    夕食は調布パルコの『炭家にて焼鳥と釜飯。

    炭火でじっくり焼いたハーブ鶏に、釜飯の具は海鮮“パエリア風”

     

    5日目(東京)

    新宿高島屋の『築地・玉寿司にて寿司食べ放題に挑戦。

    人間の胃にはやはり限界があることを実感。

     

    6日目(東京)

    廻るすしざんまい・築地店にて再び寿司ディナー。

    あぶらののった大トロに、皿からはみ出んばかりのアナゴ。

    精算時『各皿の枚数を瞬時に数える器械』の登場に、時の流れを感じた。

     

    7日目(宮城)

    仙台入り。昼食は『牛たんの佐利一番町店にて名物の牛タン定食と生。

    厚切りなのに柔らかい牛たんを、塩と味噌、2種類の味付けでいただく。

    クリアでコクのあるスープにとろろ汁と麦飯。

    ご主人が特別サービスしてくれた特製笹カマ付きでお腹も心も満腹。

    市内観光はレトロな観光バス『るーぷる仙台の1日乗車券を利用。

    瑞鳳殿『青葉城跡』を巡る。

       

    夕食は雰囲気を変え『あ・たーぼらにてイタリアン・ディナー。

    鮮魚のカルパッチョ、地鶏のロースト、こしのあるパスタ。

    素材がいいと料理も美味い。

     

    8日目(宮城)

    日本三景のひとつ『松島』へ。

      

    『五大堂』近くにある『食事処・独まんにて牡蠣の殻焼き・牡蠣フライ・牡蠣酢をいただく。

    日本の牡蠣はやはり濃厚で美味。

    『松島』から『塩釜港』までフェリーで移動。

    マリンゲート塩釜の向い『お食事処・大漁横丁の鉄火重定食は1000円也。

    ニューヨーク在住日本人にも有名な仙台銘菓『萩の月ほか、みやげ選びには困らぬ街だった。

     

    9日目(長野)

    松本入り。季節外れで閑散とした白樺湖。

    そのほとりにある『世界の影絵・きり絵美術館にて幻想的な世界へ。

    ランチはやはり信州そば。

    たっぷりの山菜にとろろを添えた、どんぶりいっぱいの『二ハそば』は

    あっという間に胃に消えた。

    この日の宿は『扉温泉・明神館

    信州松本の山間にひっそりとたたずむ老舗旅館。

    どっしりとした和風建築の外観に落ち着いた内装。

    感じの良いスタッフによる、行き届いたサービスや小物の数々。

    川沿いの『露天風呂』にゆったりした『大浴場』

    美しい自然を眺めつつ楽しめるユニークな『立ち湯』に『寝湯』

    夕食はあえて『オーガニック・フレンチ』を選択。

    地元の野菜にフレンチ特有の素材を織り交ぜたメニューを

    静かでゆったりとした空間でいただく。

    まさに『癒しの宿』。

     

    10日目(長野)

    帰国すると必ず訪れたくなるのが日本の寺と城。

    この日は『カラス城』の異名を持つ『国宝・松本城』を見学。

    土足厳禁・吹きさらしの城内では、武士の寒さが身にしみた。

    最後の晩餐は北信・小布施町にある『寄り付き料理・蔵部』

    地元の酒造メーカーが経営するこの店。

    自慢の酒とそれを引立たせる肴の数々に

    大釜で炊いた美味い飯という酒好きにはたまらないメニュー構成。

    店内には本物の酒樽も並び、雰囲気は酒蔵そのもの。

     

    いつもながら駆け足で過ぎ去った日本での楽しい時間。

    次回は何処で何を食べよう?

     

     

    8/31/2006

    夏のパリ一人旅(帰路編)

    帰国の朝。

    幸いホテルのケーブルTVには

    イギリスのBBCとアメリカのCNNが入っていたため、

    ロンドンでのテロ騒ぎの現状とアメリカの様子は把握できた。

    だが肝心のローカルニュースが理解できないため、

    フランス国内の状況がわからない。

    とりあえずロンドンの情報を参考に荷作り完了。

    チェックアウト際にフロントでフランスの様子を尋ねると

    「警戒はしているようだけど、パリの空港はまだ大丈夫じゃないかなぁ。

     詳しいことはその新聞に英語で書いてあるんじゃない?」と呑気なもの。

      

    “ここはフランス。イギリスとは違うさ。”と呑気な私もひと安心。

     

    空港までのシャトルバスピックアップは充分余裕を持った6:00AMに設定。

    まだ暗く人気のまばらなパリ市内。

    初日の男性同様 渋いスーツ姿の若いドライバーが

    満員のシャトルバスを慣れた仕草で操りながら

    細い路地を恐ろしいスピードで走りぬける。

    助手席に座らされた私には まさに朝から目の覚めるような体験。

    おかげで予定よりかなり早い6:35AMには空港に到着。

    既にあちこちで行列の見られる空港内をうろつき

    まずは目的のチェックインカウンターを発見。

    どうやら私の便が朝1番らしく、カウンターは準備中。

    10mほど並んだ乗客の列の最後で順番を待つ。

     

    しばらくすると緊張した面持ちのスタッフが集合し、真剣にミーティング開始。

    どうやらパリ空港のセキュリティー強化は“いま”からスタートする模様。

    『コンチネンタル航空のニューヨーク直行便』ともなれば警戒するのは当然。

    チケットカウンターに達するまでに3人ものスタッフから

    ビザやパスポート、荷物に関する質問を受ける。

    ようやくチェックインを済ませ、ボーディングパスを受取ろうとすると

    「セキュリティー強化のため、搭乗時刻は1時間半ほど遅れます。」とのこと。

    時刻は7:20AM。長い一日の予感がした。

     

    慣れない空港に入ると、まずは搭乗口を確認したくなる心配性。

    セキュリティーゲートの外にとどまる人々を横目に さっさとゲートに進む。

    BBCのおかげで手荷物のトラブルもなく、あっさり通過。

    基本的に水モノさえ所持していなければ携帯電話やラップトップもOK。

    実にあっけない手続きを終え、時計を見るとまだ7:30AM。

    そのうえ搭乗口はセキュリティゲートの目の前。

    ゲート内の軽食売店は朝9時開店。

    かろうじて開いている小さな免税店には 

    持ち込み規則の変更を知らぬ 酒や香水がこれ見よがしに並び、

    冷蔵庫のチーズやパテは搭乗時刻のわからぬ客に

    「これが最後のチャンスだよ」と語りかける。

    ゲート内の散策を断念し、ひたすら瞑想と読書で時間をつぶした。

     

    この日 アメリカ、英国、イスラエル向けの便は

    セキュリティ・チェック強化の主な対象となったようだが、

    パリの空港スタッフはみな効率的に仕事をこなしていた。

    各航空会社の乗務員も一般客と同じゲートを通過し、細かなチェックを受ける。

    ある程度の行列はできても、人の流れは比較的スムーズだった。

    にも関わらず最終的に搭乗手続きが始まったのは12時過ぎ。

    最大の原因はアメリカからの到着便の遅れ。

    ニューヨークからの到着便が3時間以上遅れたコンチネンタルのみならず、

    他のアメリカ航空会社の到着便ものきなみ遅れ 出発時は滑走路も大渋滞。

    新たな規制の対応におわれ、もたつくアメリカの空港職員の様子が目に浮かぶ。

     

    ちなみに後日入った情報によると

    この前日 日本へ発ったAさんは何事もなく普通に出国。

    この翌日 アイルランドへ発ったJとMさん姉妹。

         1時間遅れの出発となるも、水の機内持ち込みもお咎めなく(?)出国。

    2週間後 ニューヨーク経由でヴァージニアへ戻ったNさん。

         水はおろか、口紅や雑誌まで規制されたうえ

         搭乗後 2時間かけてNさんの後部2列の乗客と荷物の再検査。

             その後滑走路の渋滞で 離陸は22機目。

         ようやく到着したニューヨークでは見事に乗継便を逃し、ニューヨーク郊外で1泊。

     

    各人の運命を感じる。

     

    最後の最後で思わぬ足止めをくうも、

    充実した旅の満足感と早起きによる疲労から

    長い待ち時間もそれほど苦にならなかったのは事実。

    セキュリティーゲート前の搭乗口付近で目にする光景も 立派な暇つぶしの種になる。

     

    インドの航空会社の女性客室乗務員は艶やかなサリーが制服。

    その多くが黒髪をアップにまとめ、独特なメイクでゲートを通過する。

    その中のひとりは見事な9等身。

    彫りの深い美しい顔立ちにサリーがとてもよく似合う女性。

    視線を定めてさっそうとゲートをくぐり、係員の前で優雅にターンする姿は

    まるでファッションショーの舞台を飾るトップモデル。

     

    『パリといえば香水』とばかりに様々な香水を買い揃え、

    手荷物として持ち込もうとした乗客カップル。

    取りあげられることはなかったものの、

    全ての箱を開封し、中身を取り出しては『本物の香水』であることを証明。

    付近はとたんに独特な香りに包まれる。

     

    中でも驚いたのは、どこからともなくやって来た集団が

    大きな旗を振りかざし、何やらゲートに向って叫び始めたこと。

    ここでも言葉がわからず、あっけにとられていると

    隣りにいたフランス人男性が苦笑いしながら

    「空港の警備員がストライキに入ったらしいよ。」と教えてくれた。

    横にいたフランス人夫妻が

    「心配しなくて大丈夫ですよ。」とおっしゃって下さるも

     

    「私たちフランス人は他人にあれこれ指図されるのが大嫌いなの。

     だからやりたいことを やりたい時にするのよ。」

    と教えてくれたGさんの言葉を思い出し、笑いがとまらなかった。

     

     

    これまで特別に関心を持ったことのなかった国『フランス』。

    今回の旅を通じて断然興味と好感を抱いたのは間違いない。

    8/25/2006

    夏のパリ一人旅(4日目)

    旅は早くも観光最終日。

    前夜遅くまで続いた飲み会にもめげず

    友人Jと姉Mさんへのモーニング・コール担当役を買って出る。

    「とにかくあなたについて行きます」という殊勝な2人を引き連れホテルを出発。

    現存するパリ最古の『ポン・ヌフ橋』を渡り、セーヌ河の中洲『シテ島』へ。

    まだ人通りの少ない朝のシテ島を西から歩くに連れ、

    警備員の取囲む『最高裁判所』入口に突き当たる。

    ひとり、ふたりと、何気なく中に入る人々を見とめ、

    試しに私たちもその後に続いてみたものの

    「○×△□…!」と駆け寄ってきた警備の方に入館を断られた模様。

    そこでJが「ちゃぺる?」とフランス語風(?)発音で質問。

    相手は身振り手振りで私たちの向うべき方向を教えて下さっている模様。

    “あっちに行けばいいのね”と納得した3人。

    ふと付近から“迷惑気な集団の視線”を感じた。

    見ると私たちのすぐ側に こちらに背を向けた黒人女性と白人女性の2人組。

    少し離れた所にはこちらをじっと見つめる男女10数人の集団。

    そのうち黒人女性が振り返り、私たちを無言でじっと見つめる。

    “あれ?この人誰だっけ?会ったことあるよね?”と思いつつその場を離れる。

    しばらく行くと耐えかねたように興奮したMさんが

    「あれウーピー・ゴールドバーグじゃない!」と叫ぶ。

    長年ニューヨークに暮らしながら

    有名人にはからっきし縁のない(気がついていないだけの可能性アリ)私。

    『アル・パチーノ』『チャーリー・シーン』に次ぐ3人目のスター・サイテイングをパリにて体験。

    J曰く、隣りの白人女性も有名な女優さんらしいが

    私はそのお顔を拝見できず、Jは彼女の名前を思い出せなかった。

    知らぬ間に撮影の邪魔をしていた3人は、興奮してその場を後にした。

     

    開館と同時に到着したのは

    パリ最古のステンドグラスで有名な『サント・シャペル教会』

    完成は13世紀半ば、ルイ9世の時代。

    外観は入口を見逃すほど質素なたたずまいの小さな教会。

    上下2階に分かれた礼拝堂の1階もなかなかのものだが

    2階部分はまさに“ステンドグラスの鳥かご”状態。

    こじんまりと細長い礼拝堂の壁4面を、最小限の骨組みを支えに

    色鮮やかなステンドグラスが めいっぱい敷きつめられている。

    外からは全く想像できない幻想的な空間。

      

    イタリア、イギリス、アメリカでも様々なステンドグラスに遭遇したが

    ひとつの空間でこれだけの迫力と感動を味わったのは初めて。

    薄暗い階段を上りつめた直後に飛びこんでくる光と色の洪水は

    そこを訪れる誰をも一瞬にして魅了する。

     

    次は最高裁判所に隣接した『コンシェルジュリー』。

    フランス革命との因縁も深いこの建物。

    1793年初めからわずか2年ばかりの間に

    マリー・アントワネットを含めた2700人もの貴族や革命家が

    断頭台に送られるまでの最期の日々を送った場所だという。

    マリー・アントワネットの独房を再現した部屋もあり、当時の様子が伺える。

     

     

    この日最初の食事は『サント・シャペル教会』むかいのカフェにてブランチ。

    マッシュルームとチーズのたっぷり入った ふわふわオムレツにフレンチフライ。

    ドリンクは『カフェ・クレーム』の大盛り。

    ここでも山盛りの新鮮サラダが添えられ、とてもヘルシー。

     

    食後は『ノートルダム大聖堂』へ。

    ここでは北側バラ窓の 紫に輝くステンドグラスがとても美しかった。

    建物の外にできた長蛇の列に並び、400段近いらせん階段を上れば、

    大聖堂の塔の上からパリを見わたすこともできたのだが、

    8月初旬だというのに、朝からなんとも肌寒かったこの日。

    階段より、寒さの中で遅々として進まぬ行列に並ぶ自信がなく断念。

     

    同じ商品を全く違う価格で販売するみやげ物店の根性を称えつつ おとなりの『サン・ルイ島』に渡る。

    観光客であふれる『シテ島』とは対照的なこの島は パリでも有数の高級住宅街とか。

    落ちついた島のメインストリート沿いには、上品な専門店が軒を連ねる。

    その中でひときわ賑わっていたのが小さなアイスクリームショップ『Bertillon

    この店のことは初日に会ったMさんから耳にし、

    3日目に会ったGさんから名前と場所を教えていただいた。

     

    観光客とおぼしき人々が、フランス語を駆使してオーダーしている。

    そこで3人のうち最もフランス語に自信のあるJが先頭に。

    なんとか単語を並べてオーダーし、お金を出す。

    すると店のおじさんがお釣りの計算に戸惑っている。

    経理出身のJがすかさず計算の手助けを始めると、おじさんは拙い英語で

    「イギリスから来たの?」と聞き返す。

    途端に姉のMさんが「いいえ!私たちはアイルランド人で…」と説明開始。

    この姉妹、どうやら

    “フランス人はイギリス人を嫌っている。

     よって自分たちは、徹底してイギリス人でないことを強調すべき。”と信じている様子。

    思春期までイギリスで暮らしていたため 2人の言葉にはイギリス訛りが残っている。

    前夜のレストランでも フランス語の堪能なYさんに

    「食べ物に何かイタズラされると困るわ!

     私たちはアイルランドから来たとウエイターさんにはっきり伝えて頂戴!」と真面目な顔で訴える。

    とりあえずおじさんに英語が通じるとわかり

    大好物のチョコレート・アイスクリームをオーダーしてみる。

    かなり小さなシュガーコーンの山に予感はあったものの

    出てきた1スクープのなんと小さなこと!

    アメリカの約1/31/4といったサイズに唖然。

    だがひとくち食べると、その濃厚さにまたビックリ。

    最近アメリカで話題になっているのが『フレンチ・ダイエット』

    “チーズにワインにチョコレート。

     アメリカの女性が大好きな物ばかり食べているのに太らない

     フランスの女性を見習おう。”

    要は“食べるポーションを減らそう”というものなのだが、

    このアイスクリームのサイズを見て実際に納得。

    同じチョコレート・アイスでも、これだけ濃厚であればそれほど大量には食べられない。

    ますますパリが気に入った。

     

    『サン・ルイ島』から右岸に戻ったところで姉妹はパワー切れ。

    ホテルに戻ってひと休みするという2人と別れ、ピッチをあげて再び前進。

    落ちついた雰囲気の『サン・ポール・サン・ルイ教会』

     

    バステイ-ユ広場の『7月革命記念柱』

    『オペラ・バステイ-ユ』を見学し 昔の貴族の館が建ち並ぶ『マレ地区』へ。

    ヴィクトル・ユゴーらの住まいもあった『ヴォージュ広場』の木陰で休息し

    明るい花園にひかれて『カルナヴァレ博物館』に立ち寄り『フランス歴史博物館』を覗くうち

    近代的な『ポンピドウー芸術文化センター』に到着。

    この5~6階部分を占めるのが『ルーブル』『オルセー』とともに

    『パリ3大美術館』と呼ばれる『国立近代美術館』。

    近代美術はどちらかと言うと苦手なのだが、好みの作品を見つけては楽しんだ。

     

    盛りだくさんのパリ観光もここで時間と体力切れ。

    “もっと見たい”という欲求にかられ、ほとんど歩きづめだった4日間。

    この時ばかりはメトロを利用してホテルに戻る。

    ちなみにパリのメトロはロンドンのアンダーグラウンド同様 極めてわかりやすく安全で経済的。

          車両が小さい

          冷房がついていない

          24時間運営ではない

    を除けば、駅構内もニューヨークより明るく清潔で快適。

     

    ホテルに戻り、姉妹と合流して出かけた最後の夕食はホテル近くのレストラン。

    パリの夕食としては少々早めの時間帯だったため“ハッピーアワー”にあたりドリンクは半額。

    だが翌日の出発が早い私を気づかい、みな2杯でストップ。

    姉妹は揃ってステーキ。

    私は鱈の身をハーブとともにマッシュポテトと和え、

    切り身の形に整えてチーズとともにオーブンで焼き上げたお料理を堪能。

    ここでも付け合せのグリーンサラダは山盛り。

    フランス人は本当にサラダ好き。

    デザートは向いのクレープ専門店にて最後の『チョコレート・クレープ』。

     

    食後は近くの公園を散歩し、3人で最後の記念撮影。

    別れを惜しみつつ再会を誓い、ホテルの廊下で姉妹に別れを告げた。

     

    その夜。

    絶妙のタイミングで発生したロンドンでの航空機爆破テロ騒ぎ。

    イギリスやアメリカの空港での大混乱をケーブルTVで目にしつつ

    “まあ何とかなるだろう”と床についた。
    8/23/2006

    夏のパリ一人旅 (3日目)

    3日目。

    初日に購入した『パリ・ミュージアム・パス』を活用すべく美術館訪問開始。

    まずは『ルーブル

     ルーブル美術館

    “あの『モナリサ』を一度この目で見てみたい!”

    開館時間にあわせて到着するも、既にどの入口にも行列。

    入場前にあるセキュリテイ・チェックが原因で、こればかりはパスがあっても避けられない。

    予め入手しておいた館内案内図を広げ お目当ての作品の場所を頭にたたきこむ。

    ルーブル地下 

    入場後、迷路のような館内を『モナリサ』の写真付き案内矢印→に沿って進み

    ようやくたどり着いた広い展示室。

    その中央壁には予想以上に小さな『モナリサの微笑』。

    他のどの展示室より混みあったその部屋の中央には

    専用の行列が大河のようにゆっくりと『モナリサ』に向って動いている。

    以前は写真撮影が許されていたようだが 現在は禁止。

    近づいてゆっくり鑑賞したいと思うのが人情だが

    彼女の両脇には鋭い目をした警備員の男性が2人。

    盗み撮りをしないよう、正面で立ち止まらないよう、終始注意を促している。

    長年の知人と初めて対面したような、なんとも懐かしい印象を受けたこの作品。

    一瞬近寄るより、遠くからじっくり眺める方を選び

    大河の脇から 納得ゆくまで彼女の不思議な微笑を鑑賞した。

     

    端からじっくり鑑賞すれば、1日かけても足りない『ルーブル』。

      

    入館までに要した時間を惜しみつつ、わずか1時間あまりの慌ただしい鑑賞の後

    次の目的地『オルセー』へ。

    オルセー美術館

    昔は駅として使われていたというこの建物。

    外壁に埋めこまれたクラシックな大時計が印象的。

    『ルーブル』より多少規模は小さいものの、私の好きな印象派の作品が目白押し。

    フラッシュを使わなければ写真撮影もOK

            

    モネ、マネ、シスレー、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン…

    美術品に疎い私でさえ 見覚えのある名作が所狭しと並んでいる。

    我家のイミテーションを見慣れた目には、

    本物の驚くほど繊細かつ大胆なタッチが新鮮だった。

     

    お目当ての作品をなんとか鑑賞し終え、午後1時に約束どおり入口へ。

    この日最初のお相手はフランス人のGさん。

    ギリシャ神話に出てきそうな くっきりした目鼻立ちに

    肩までのソバージュは落ちついたブロンド。

    東京に2年、ロンドンに5年住んだことのあるという彼女。

    英語はもちろん、日本語もなかなかのもの。

    笙や琴を奏でるミュージシャンであり、MBAを持つ国際ビジネスマン。

    モネの前で写真を撮ろうしたところ

    「このジャケットはちょっと背景と色が合わないから脱ぐわね」と

    オシャレにも気を抜かない大人の女性。

     

    あいにく改装工事中だった『オルセー』の2階レストランでのランチを諦め

    『ルーブル』と『コンコルド広場』の間に広がる『チュイルリー公園』のカフェにてテラス・ランチ。

     

    前夜の不調を考慮し、ここでは軽めの『ニース風サラダ』を選択。

    アメリカでもお馴染みのこのサラダ。

    まるで別物のように新鮮な野菜の組み合わせと

    ほのかな酸味のドレッシングで食が進み しっかり完食。

    ラムの誘惑に耐え、大事をとったおかげで、弱った胃も完全復活した模様。

    途中小雨がぱらつくも、大木の下にセットされたテーブルは驚くほど被害なし。

    パリ中心部の公園で 雨が木の葉をたたく音を聞きながら

    ひとくちサイズのチョコレートが添えられた『カフェ・クレーム』でランチ終了。

     

    食後は2人で同公園の南西に位置する『オランジュリー』へ。

    ここの最大の展示品は何といってもモネの『睡蓮』。

     

    前後に並ぶ2つの大きな楕円形の展示室。

    その巨大な壁に各室4枚、計8枚の大作が展示されている。

    中央の椅子に座ると、モネの庭に足を踏み入れたような雰囲気を味わえる。

    モネファンにはたまらない空間だ。

    『睡蓮』のためにわざわざ改装された『オランジュリー』

    6年に及ぶ大改装の末 この5月にオープンしたばかりとか。

    絵画にも詳しいGさんとともに、館内の隅々までゆっくり鑑賞を楽しんだ。

     

    美術鑑賞の後、Gさんの案内のもとルーブル界隈を散策。

    パリの真ん中にありながら、建物に囲まれているため見つけ難い『パレ・ロワイヤル庭園』

    故ダイアナ妃が最後に訪れたホテル『リッツ』や

    マドンナはじめ、世界の有名人ご用達の宝飾店が取りまく『ヴァンドーム広場』

    かわいいお店の建ち並ぶサントノレ通り。

    散歩のあとはこれまた隠れ家的な空間

    ギャラリー・ヴィヴィエンヌのサロンにてホット・チョコレート休憩。

    ここではGさんの友人で

    30年近く前に日本からパリに移られたというKさんをご紹介いただく。

    パリの学校でピアノの教師をなさっているKさん。

    レッスンのたび、練習不足を叱られた幼き日のピアノ教師O先生を思い出しつつ、

    お2人との会話を楽しんだ。

     

    夜のお相手は日本人でパリ在住7年目というYさん。

    柔らかな黒のドレススーツに鮮やかなブルーのストールで登場した彼女に

    思わず「こんな格好でご一緒してもよろしいですか?」と確認。

    仕事を終え、ホテルに直行してくださった彼女と簡単な自己紹介。

    すると背後から「ゆ・ぴ・あ!」という聞き慣れた声。

    なんとそこには「パリで会えない?」という無理難題を

    見事にクリアしてやって来たアイルランドに住む友人Jの姿。

    予めフロントで彼女の名前を確認するも、該当者なし。

    「小さな子供を4人も持つ主婦を誘う方が間違っていた」

    と諦めていた矢先なので喜びも倍増。

    聞けば ベビーシッターの都合で直前にご主人が同行を断念。

    代わりに育児・家事・教職をこなしつつ、博士号を獲得したばかりという

    姉のMさんが自分へのご褒美を兼ねて同行することにしたという。

    Jと違ってネットにも精通したMさんが旅の全てを手配。

    ホテルも彼女の名前で予約してあったのだから、見つからなくてあたり前。

    Mさんは初対面だが、Jは昔の仕事仲間で約3年ぶりの再会。

    なんとも素敵なサプライズだった。

     

    思わぬ展開にも動じることなく、

    一挙に3人の見知らぬ女たちを相手にしたYさん。

    学生時代をアメリカで過ごしたという彼女は英語もお上手。

    イギリス生まれのアイルランド人姉妹ともスムーズに会話がはこぶ。

    この夜、夕食を求めてYさんが案内してくれたのは

    初日にひとり迷って歩き回ったサン・ジェルマン・デ・プレ地区のレストラン。

    美食の解らぬアイルランド人姉妹から散々バカにされつつ

    バターの一滴まで残さず、美味しくいただいた前菜の『殻つきエスカルゴ』。

    ゴート・チーズをたっぷり塗り、軽くトーストしたバケットがのったサラダは

    ヘルシーでワインとの相性もバツグン。

    赤ワインを少々(?)とカフェ・クレームで夕食も完食。

     

    いくらアルコールを摂取しても、顔色が変化しない3人。

    長く賑やかな食事を終え、帰路につくものと思いきや

    先頭に立ったYさんが向かったのは なにやらモダンな内装の建物。

    1階はレストランのようだが、客の姿はない。

    その脇にある広い階段を上ると、一転してうごめくネオンと音の洪水。

    細長いスペースの片側にはしゃれた装飾のバーカウンター。

    そのまわりに大きめのソファーとテーブルが何組も配置され、

    奥にはDJが音楽に浸っている。

    “これがパリのラウンジ・バーというやつか”

    運良く空いたDJ前の席を陣取り、4人で再び乾杯。

    食後ではあったが、シャンパンベースのキールをいただいた。

     

    初対面とは思えぬほど盛り上がった女4人。

    フランス、日本、アイルランド、アメリカ、家庭、キャリア、宗教、政治…

    おしゃべり好きな姉妹を中心に、深夜まで会話が尽きることはなかった。

    8/20/2006

    夏のパリ一人旅 (2日目)

    2日目。

    団体行動が苦手なものの、フランス語への不安から事前にネットで予約した

    ベルサイユ宮殿とパリ市内1日観光バスツアー(英語版)に参加。

    前日の下調べが功を奏し、ルーブル近くのツアー会社に 指示どおり朝8時25分キッカリに到着。

    集合場所は早くも各種ツアーの参加者の群でごったがえしていた。

    客の人種も 飛び交う言語も多種多様。

    こじんまりした集団での観光を想像していたツアー初心者の私はいきなり度肝を抜かれた。

     

    ダブルデッカーの2階席からパリ市内を眺めつつ最初に向ったのは

    パリ郊外にある『ベルサイユ宮殿

    『ルイ14世』に『マリー・アントワネット』

    初めて訪れる場所とは言え 『ベルばら』で育った私には懐かしい名称ばかり。

    2004年から17年計画で行われているという大改修のため

    外壁の半分は幕に覆われ、内部も鑑賞範囲が制限されていたものの

    完成までに半世紀も要したという壮麗な宮殿と

    果てしなく広がる庭園に感動しない方が無理というもの。

    ベルサイユ宮殿庭園の噴水 

    個人・団体ともに、早朝から見学に訪れた多くの観光客らとともに

    マリー・アントワネットの寝室とガイドさん “柄を延ばした折りたたみ傘”を目印に掲げる

    英語グループ担当のガイドさんについて宮殿内各室を鑑賞。

    『鏡の回廊』に『マリー・アントワネットの寝室』

    鏡の回廊  

    『ナポレオン』や『ルイ14世』の肖像画

    残念ながら失われた調度品の数々は、寄付金などを使って世界中から

    少しづつ買い戻しているという話にも驚いたが、

    その筆頭援助者として「ロックフェラー」の名が挙がった時は

    多くのアメリカ人観光客が満足気に頷いていた。

     

    このツアーでまず知り合ったのは

    イギリスで生まれ、今は南フランスの街に居をかまえるJさんと

    その友人でアメリカのバージニア州に住むNさん。

    それぞれご主人と優雅な隠居生活を送りつつ、

    時間を作っては 2人で旅行を楽しんでおられるとのこと。

    上品なものごしと優しい眼差し。

    魅力的なハスキー・ボイスで歯切れの良いブリテイッシュ・イングリッシュを使う姉御肌のJさん。

    旅のプランは彼女の担当らしいが、

    「中途半端な下調べしかしないので、いつもどこか抜けた旅になる」と嘆く相棒のNさん。

    彼女は現役時代、ニューヨークの劇場で美術担当だったというアーテイスト。

    小柄でない私が見上げるほどの長身で

    「旅先では足の出ないベットを探すのが大変なのよね。」と笑いとばす。

    すっかり2人のファンと化し、帰りのバスではお互いの連絡先を交換。

    バスがパリ市内に戻ったところで

    『ベルサイユ宮殿ツアー』のみの参加だったお2人と旅の安全と再会を祈って別れた。

     

    ツアーの昼食は市内の『アイリッシュ・パブ』にて3コースセット。

    前菜は名称不明、ハムのパテのようなもの。

    食事というよりは、ビールのつまみに最適な一品。

    メインは『チキンのハーブローストにガーリック・ポテト』

    デザートは特大『チョコレート・ムース』

    少々ヘビーな組み合わせだが、ツアーの食事としたらこんなものなのだろう。

     

    午前中のツアーから、ランチのレストランへ移動したのは私を含めた4組。

    他に客のいない静まりかえったレストランでまず口火をきったのは

    陽気なアメリカ人男性率いる一行。

    アメリカはカリフォルニア州からやってきた親子3人と

    イタリアからやってきたご夫婦の2家族5人組。

    奥さん同士が友達で、ともにベトナム出身だとか。

    英語、イタリア語、ベトナム語と互いの間でも言語が変わるユニークな集団。

    最も口数の少なかったイタリア人のご主人が、食後にボソッと英語で

    「明日は美味しいピザでも食べよう」とおっしゃったのには一同爆笑。

     

    食後の休憩を終え、午後は再びダブルデッカーに乗って市内観光へ。

    新たに『パリ市内観光ツアー』のみの参加者多数が加わり、バスは再び満員。

    ここでは朝から同乗していた別のご家族とともに行動開始。

    イギリス南西部からやって来たという4人家族の長男L君。

    “1人でツアーに参加しているアジア人の女”が珍しかったらしく

    ランチの最中もビシバシ視線を送ってくる。

    大柄のご両親に似てかなり長身だが、おそらくまだ12歳前後。

    好奇心旺盛らしく、頃合いを見て“待ってました”とばかりに質問攻め。

    すると彼より2つ3つ上の姉Sちゃんも、恥かしそうに会話に加わる。

    多分2人のご両親は私とほぼ同年代だと思われるのだが、なにせ5人の中でL君に次いで小さな私。

    いつのまにか3人目の子供となり、ご夫婦に挟まれて行動していた。

     

    基本的に市内観光は車窓からの見学。

    ガイドは全て録音されたものをイア・ピースで聞く。

    しかしそこは大都市パリ。

    バスの進行が必ずしも録音内容と一致していない。

    多少の時差ボケも手伝って、いつしか夢の中へ。

    LSちゃんのお母さんに話しかけられて目を覚ました時は

    目の前にあのエッフェル塔がそびえ立っていた。

     

    2階展望台に登るべく全員が下車。

    運良く晴れわたった午後のひととき。

    ここでも観光客の長蛇の列が 広大な敷地を埋めつくす。

    ニューヨークでもこれほど多くの観光客を一挙に目にすることは珍しい。

     

    さすがパリ。さすがエッフェル塔。

     

    団体専用の入口を利用しつつも、30分近い待ち時間を経てようやく2階展望台へ。

    前日は北から見わたしたパリ市内。この日は西から見学。

     

    『セーヌ河下り』の観光チケットを配られ、ツアーはここで無事解散。

    エッフェル塔の最上展望台まで登るのが一番の狙いだったL君一家とも ここでお別れとなった。

     

    2日目夜のお相手は ネットの掲示板で知り合ったAさん。

    パリ初心者の私を気づかい、指定して下さった待ち合わせ場所は

    エッフェル塔2階にあるレストランへの専用入口前。

     

    彼女の国際携帯番号は事前に知らせてもらったものの、こちらは携帯なし。

    お互いの写真も予め交換してあったとは言え

    “このようなセッテイングで本当に初対面の人と会えるのだろうか?”

    不安と期待を胸に待ちわびる私。

     

    そこへ小走りに「ゆぴあさ~ん!」と駆け寄って来たのは

    色白ですらリとした、ロングヘアのうら若き女性。

    あちこちでよく見かける“日本人観光客風”と違い

    “パリの住人風”といった、さり気ない出で立ちで登場。

    さすが世界各地への一人旅を経験しておられるだけある。

     

    そして夕食。

    ネットで調べた『魚介スープの美味いレストラン』に向ったところ

    『夏休みにつき休業中』らしき札。

    がっかりしつつも2人でその付近を探索し、選んだ店がこちら

    公園の向いにオープンテラスを構えるセッテイングがパリらしい。

     

    まずはキールで初対面のご挨拶。

    この店のセットメニューは、「前菜とメイン」か「メインとデザート」の2コース。

    初対面にして「食と酒には自信あり」という2人。

    赤ワインのボトルとともにそれぞれ

    『エスカルゴ』と『フォアグラ』

    『フィッシュ・スープ』と『ラム』のセットをオーダー。

    Aさんがエスカルゴときのこのデイッシュと格闘する中、

    私は大きなスープ皿にたっぷり入った『フィッシュ・スープ』をいただく。

    様々な魚介類がミンチされ、適度な歯ごたえと喉越しを保ちつつ

    海のエキスがしっかり詰まったスープは

    それだけで充分メイン・デイッシュとして通用する一品。

    つけあわせのトーストしたバケットを浸していただけばますます美味。

    最後までしっかり完食。

     

    ところが、2日目の夜で疲れがたまっていたせいか、

    キールと大盛りの前菜でいきなりピッチをあげすぎたせいか、

    大好物の『ラム』が登場したとたん、この胃が突然悲鳴をあげた。

    それでも 見るからに柔らかく、ほどよい焼き加減のラムを前に思わず一切れ口に運ぶ。

    ところが これがなかなか喉を通らない。

    心配したAさんが私に合わせてペースを落として下さるも

    いつまでたっても食欲が回復しない。

    「パリに行ったら、美味いラムを食べる!」との誓いも虚しく

    ロンドンでの最悪の事態をくり返さぬため

    大好きな『ラム』も『赤ワイン』もそこで自主規制。

    デザートやコーヒーもオーダーせず、水だけで夕食を終えた。

     

    日頃の行いが悪いのか、鍛え方が足りないのか、もう無理のきかない歳なのか、

    ここぞという時になんという失態!

    ニューヨークのように「持ち帰る」わけにもいかず、

    不満を募らせたウエイターさんがしぶしぶ下げる皿に残った『ラム』の姿は

    旅を終えた今も忘れられない。

     

    初対面でご心配をおかけしたAさん、あらためてお詫びします。

    次回は是非ニューヨークにてお付き合いください。

    8/15/2006

    夏のパリ一人旅 (1日目)

    旅行の前はいつも些細な事が気にかかり、直前まで無駄な準備におわれる。

    それがスーツケースを抱えて一歩家を出た途端、全てから解放される。

    旅の喜びを感じる最初の瞬間だ。

     

    ニューヨーク→パリ間は直行便で約6時間。

    夕方出発のフライトに乗り、朝8時前にはシャルル・ドゴール空港に到着。

    空港と市内の往復には

    電車やバスより高いが、タクシーより安い乗り合いバスを利用。

    往復で利用するとデイスカントのあるこの会社の場合

    料金はトータルで51.30ユーロ(税・サ料込み)。

    予約・支払いともに事前にネットで済ませられるため、現金は一切不要。

    空港内で荷物を待つ間 公衆電話からトールフリー番号を使って到着を伝えると

    運転手の待つ出口を教えてくれる。

     

    このようなサービスの運転手というと

    どうも“ポッチャリしたおじさん”をイメージしがち。

    指示された出口を出ると、HPで見覚えのある社名入り車両がすぐ目の前に。

    ところが運転席はカラ。

    あたりには 物思いにふけってじっと遠くを見つめたたずむ

    30歳前後のスリムなスーツ姿の男性しか見当たらない。

    仕方なくその場で運転手を待つことに。

    すると、いきなり私の存在に気づいたその男性が

    「まだむ ゆぴあ?」と聞いてくる。

    “ドライバーさん”だった。

    ダークグレーに細かなチェックの入ったスーツ。

    落ち着いたエンジのシャツ。

    きちんと磨かれた黒い革靴に さり気なくカットしたショートヘア。

    ニューヨークなら そのまま5番街のブランドショップに勤められそうな雰囲気。

     

    やはりパリ人のファションレベルは高い。

     

    ホテルは今回もアメリカのベスト・ウエスタン系から

    美術館巡りがし易く、交通の便が良いことを重点に選択。

    キャンセル不可の特別料金とは言え、

    物価の高いパリ中心部で1泊89ユーロ(税・サ料込み)はかなりお得。

    指定したダブルの禁煙室は6階・最上階の東向き。

    ロンドンのホテルでも部屋の狭さに驚いたものだが パリのこの部屋はその約半分(4畳半程度)。

         

    屋根の傾斜に添った側面の大きな窓越しには ヨーロッパらしいたたずまいのアパートが見えた。

     

    出発前、下調べを重ねるうち襲ってきたもうひとつの不安が『治安』。

    “ニセ警官に騙された”

    “美術館でいきなり男に抱きつかれた”

    “公園で集団に取り囲まれた”

    “地下鉄でスリにあった”

    “道路でバイクのひったくりにあった”

    やたらと物騒な体験談が目につく。

    『NYと違ってパリは恐ろしい街なのだ!気をつけよう!』

    休息後、緊張感とともに早速街へくりだした。

     

    まずはホテルから西へ徒歩10分の『ルーブル美術館』へ。

    あの荘厳な建物と近代的なピラミッドを目のあたりにし、早くも感動。

     

    この日の目的は美術鑑賞ではなくパリ・ミュージアム・パスの入手。

    2日で30、4日で45、6日で60ユーロのこのパスを使えば

    パリ市内及び近郊の60を越える主要美術館やモニュメントへ何度でも入館が可能。

    全世界から訪れる観光客でごったがえすこの時期

    人気スポットはどこもチケットを求めて長蛇の列ができる。

    しかしこのパスさえあれば、専用の入口から簡単に入館可能。

    2日用パスを購入して6箇所まわった私は、約15ユーロ得した。

     

    パスを入手したところで最初の食事。

    とりあえずルーブルの地下にあるフードコートにて

    有名な「キッシュ・ロレーン」にトライ。

    ふんわりした舌触りの軽いキッシュには

    しっかりした食感と塩味のきいたベーコンにチーズの香り。

    青々としたレタスと完熟トマトのサラダもしっかり添えられている。

    美術館内のフードコートでこのレベルとは!

     

    やはりフランス人の味覚レベルは高い。

     

    腹ごしらえした後はルーブルを出てセーヌ河を渡り 左岸のサン・ジェルマン・デ・プレ地区を散策。

    “危険なパリの路上では地図を見ない”と決め、勘を頼りにとにかく前進。

    だが、碁盤の目のニューヨークに慣れきっているせいか

    なかなか目的地にたどり着かない。

    午後のひと時 カフェのテラスでくつろぐ人々に注目されつつ

    同じ場所を行ったり来たり。

    お蔭でこのあたりの地理をしっかり把握することができた。

     

    初日の夜のお相手は 学生時代からパリに住むというフランス人のMさん。

    軽くウエーブのきいたブルネットに知的なまなざしを放つ36歳。

    見るからに華奢な彼女は 少しばかり緊張した面持ちで登場。

    英語は学生の頃習っただけという彼女。

    話しているうちにいつの間にか 英語がフランス語になりつつも

    初めてのパリに興奮し、あれこれ質問しまくる私に根気よく対応してくれた。

     

    彼女の車で2人が向ったのは パリの北端にあるモンマルトルの丘。

    そこに建つ『サクレ・クール聖堂』前の広場からはパリが一望できる。

      

    19世紀後半から多くの芸術家たちが住み着いたというこの地区。

    テルトル広場には この日も様々なスタイルの似顔絵描きたちが 観光客相手に腕を振るっていた。

     

    夕食はこの広場の脇にあるビストロでフランスの家庭料理に挑戦。

    数あるお店の中からMさんが選んだこの店には 観光客より地元の人らしき姿が目立つ。

    メニューの中から選んだのは3コースのセット。

    前菜は予想以上にさっぱりした大盛りのスープに

    濃厚なエメンタール・チーズののった『オニオン・スープ』

    メインはまわりのフランス人たちに人気だった『牛肉の赤ワイン煮込み』

    フォークで簡単にほぐれるほど柔らかく煮込んだ牛肉に

    茹でたポテトが丸ごと添えられている。

    実に素朴だが飽きのこない味つけだった。

    そしてデザートはこれまたフランスらしい『チョコレート・クレープ』

    大判のクレープがサーブする直前に焼かれ

    これまた濃厚なチョコレートソースがたっぷりかけられている。

    赤ワインのハーフボトルとともに、2人で40ユーロ(税・サ料込み)。

    味、量、値段、全てに満足した夕食だった。

     

    そしてホテルへの帰り道、

    わざわざ遠回りして夜のシャンゼリゼ通りや凱旋門、

    光り輝くエッフェル塔を見せてくれたMさん。

     

    充実した長い1日目はこうしてあっという間に終わった。

    8/13/2006

    夏のパリ一人旅 (準備編)

    昨年暮れ

    ロンドンへの一人旅を満喫したことが忘れられず

    夏の一人旅を思いたった。

     

    “勝手知ったるロンドンを拠点に『ユーロスター』でロンドン-パリ間を往復しよう!”

    と盛り上がってはみたものの

    既に夏休みシーズン直前というタイミングのせいか

    『ダビンチ・コード』ブームのせいか

    毎度ケチなマイレージでの旅を試みるせいか

    なんとしてもNY-ロンドン間のチケットが取れない。

    一度は旅を断念したものの いつのまにか予定が決まっていた

    ダンナの『夏のローマ一人旅』『秋のハワイ一人旅』計画に触発され

    なんとかNY-パリ便をおさえ

    私の『夏のパリ一人旅』が実行に移さることとなった。

     

     

    各種有名美術館にモニュメント

    宮殿に古城と見どころの尽きないパリとその近郊。

    もちろんフランス料理やワイン、チーズも外せない。

    あれこれ期待が膨らむ一方で、大きな問題点がひとつ。

     

    フランス語がわからない。

     

    謙遜でも何でもなく、あいさつや数字すら知らない。

    これまでずっと英語に頼りきって生きてきた私。

    過去2度ほどイタリアを訪れた際は 大学でイタリア語の基礎を身につけたダンナが一緒だった。

    至れり尽くせりの日本のガイドブックを入手し

    ネットで発音練習を試みるものの、どうもフランス語に聞こえない。

    簡単な会話文には 初心者向けにカナがふってあるが それすら舌を噛みそうでまともに読めない。

     

    根性ナシの私はここで人様の力にすがることにした。

    まずはパリ近辺(この場合かなり広い範囲を指す)の友人たちにパリへ来ないか打診。

    アイルランドに住む友人に脈アリ。

    しかし大家族の母である彼女。

    実際このような無謀な誘いに乗れるかどうかは疑わしい。

     

    次に旅情報を求めて行き着いた日本語サイトで

    『旅仲間募集』の掲示板を発見。

    迷いに迷った末

     『8月7日~11日までパリに滞在します。どなたかお食事ご一緒しませんか?NY在住の女性です。』

    の書き込み決行。

    数日後、日本在住の女性から返事アリ。

    メールでやりとりを重ねた後、まだ見ぬエッフェル塔にて会う約束を交わす。

    いまの世の中、ネットで見つからないモノはないことを実感。

     

    出発10日前。

    何年かぶりで再会した友人にパリ行きを報告。

    すると彼女の友人がちょうどパリから遊びに来ているとのこと。

    あいにく彼は私のパリ滞在中、再び国外に出るため不在。

    代わりに彼の友人3人を紹介してくれた。

    英語のできるパリジェンヌ2人と日本人女性。

    メールを通じてそれぞれの予定を確認し、出発2日前には見るからに充実した旅のスケジュールが完成。

     

    フランス語に対する不安もすっかり消え 気分は一足先にパリへと旅立った。

    1/12/2006

    冬のロンドン週末一人旅(最終日)

    週末旅行最終日。

    前日の苦痛が嘘のように体調は良好。

    起床とともに空腹を覚えテラスレストランへ。

    しっかり朝食を摂ったあと、荷物をまとめてチェックアウト。

    タイミングよくフロントにいたDさんに改めてお礼し、

    ニューヨークでの再会を誓う。

    荷物を預け、空港に向うまでの約3時間を使って最後の散策。

     

    まずは 私の中でロンドンでの定番になりそうなハロッズ。

    http://www.harrods.com/Cultures/en-GB/homepageindex.htm) 

    月曜の朝にも関わらず、どこからともなく集まった買い物客が

    開店と同時に店内に溢れてゆく。

    今回もやはり館内全てを見る時間は無かったが、

    前回のお土産で好評だったハロッズ・チョコを入手。

    ベルギー産で日本人の口にも合うまろやかな味。

     

    もう1つのお気に入りがウイッタード・オブ・チェルシー。

    http://www.whittard.co.uk/

    ヒースロー空港始め、街のあちこちに点在する人気店だ。

    各種紅茶、お茶、コーヒーなどに加え、

    オリジナルの茶器やマグの種類も豊富。

    クリスマス限定、ホット・ホワイトチョコレートを土産に、

    自分には大きめのマグカップを購入。

     

    またローカルなところではセインズバリー。

    http://www.sainsburys.co.uk/home.htm

    ロンドン市内のいたるところで目にする食料・雑貨品店。

    ハロッズのような高級店のみならず、

    このような庶民の店でも生鮮食品のパッキングは

    日本のように上品で小奇麗。

    やはりアメリカとは違う。

    酢の物が苦手な私だが、イギリスで気に入ったのが

    ソルト&ヴィネガー味のクリスプ(ポテトチップス)。

    フィッシュ&チップスのチップス(フレンチフライ)も

    塩とモルト・ヴィネガーをかけて食すことで

    サッパリ頂けるところが良い。

    アメリカのような特大サイズは無いようなので

    土産もミニサイズで我慢。

    また何でも高いイギリスにあって、

    異様に安いのがモルト・ヴィネガー。

    セインズバリー製モルト・ヴィネガー(568ml)は

    たったの35ペンス(約70円)。

    食生活に密着している様子が伺える。

     

    買い物の後は再びビック・ベンへ。

    ウエストミンスター橋の中ほどから

    夜景とはまた違った姿を眺めていると

    いきなり目の前に60代ぐらいのイギリス人女性が現われた。

    頭にスカーフを巻き、

    曲がった腰で下から真っ直ぐ私の顔を覗きこむ。

    手には小さな赤いバラの束を持ち、

    その一本を引き抜くといきなり私の胸元に挿した。

    「子供たちのために寄付をお願いします。」

    悲愴な面持ちで訴える。

    一瞬 同情するも

    観光客しかいないスポットでの寄付はどうにも納得いかず

    「ごめんなさい。こういう所で寄付はできません。」

    と断るが、彼女はいっこうに動かない。

    「お願いします!かわいそうな子供たちの為なんです。」

    今にも泣きそうな顔でくり返し、

    まるでドアをノックするように

    ジャケットの上から私の胸を軽くたたく。

    ニューヨークにも街頭で寄付を請う人は多いが、

    このような積極的な呼びかけは珍しい。

    しかしロンドンにいるからと言って

    自分の寄付に対するポリシーを変えるつもりはない。

    ねばる女性に対し、私も同じ答えを繰り返す。

    3分ほどしてようやく諦めた彼女。

    いきなり表情を変えて鋭い視線を放ったかと思うと

    曲がっていたはずの腰をピンと張って背筋を伸ばし

    胸元に挿した花を勢いよく抜き取って

    「フンッ!」と鼻から息を吐いて立ち去った。

     

    欲しいものを買い、見たいものを見た後

    ホテルへ戻り荷物をピックアップ。

    少々時間はかかるものの経済的な地下鉄で

    ヒースロー空港へ向うことにした。

     

    ちなみにロンドンの地下鉄(http://www.tfl.gov.uk/tube/

    は実によく故障し、そのたびに運転休止となる。

    そのかわり、故障しようが遅れようが

    誰も何も言わないニューヨークの地下鉄と違い、

    各路線の運行状況が一目でわかるよう、

    改札口付近に現状が記されているのは良心的だ。

     

    ヒースロー空港と市内を結ぶ地下鉄はピカデリー線。

    ホテルはこの路線のアールズ・コート駅付近。

    この日もホテルから空港へ向う時になって

    路線の東方向(ハロッズやビック・ベン方面)が臨時休止。

    計らずも始発駅となったアールズ・コート駅から

    ガラガラの車内に乗り込み空港へ。

    アールズ・コートからの乗車時間は約30分。

    空港-市内間の移動は パデイングトン駅から約15分という

    ヒースロー・エクスプレス(http://www.heathrowexpress.com/

    の方が一般的なのだろうが、

    市街地を過ぎると地上に上がり

    のどかな住宅街を通過する地下鉄も決して悪くない。

     

    きっちり3時間前のチェックインを済ませ、

    マークス&スペンサーのシーフード・サンドで軽いランチ。

    友人たちに電話で別れを告げ、機内へ。

    少しばかり残しておいた小銭を

    機内ギフトとともに配られた『Change for Children』に入れ

    乗務員に寄付をお願いする。

     

    今回は免税店でスコッチウイスキーを購入して帰る

    つもりでいたのだが、

    行きの機内で隣りに座った男性の

    「税金の払戻しを受けたとしても、

     酒類はアメリカで買った方が安いはず」

    とのお言葉から酒は買わずに帰国した。

     

    空港から自宅への道のり。

    見慣れたマンハッタンの夜景を眺めながら

    ロンドン滞在3日目にして使用不可となった

    デジカメを取りだし シャッターをきってみた。

    誰かの胃と同様、

    何事もなかったかのように美しい夜景を連写した。

    持ち主と違い、

    このデジカメはどうもロンドンがお好きでないらしい。

    1/7/2006

    冬のロンドン週末一人旅(3日目)

    2日目の夜。

    ホテルに戻り休もうとしたとたん

    何ともいえぬ不快感とともに嘔吐が始まった。

     

    文字通り『胃がひっくり返るような』感覚。

    ベットに横たわろうが、椅子に座ろうが、不快感は治まらず

    30分~1時間おきにトイレへ駆け込む。

    身体中のどの部位より強靭であったはずの『私の胃』が

    水やお湯すら受けつけない。

    暖房で乾燥した室内にあって軽い脱水症状を覚え

    無理やり水分を補給するが、数分もすると胃が拒絶する。

     

    そんな悪循環を繰り返すうち

    買い置きのミネラルウオーターがきれた。

    やむを得ず水道水を飲もうとすると

    つけっ放しのテレビからニュースが聞こえてくる。

    「・・・スコットランドの○○地方で

     家庭用水道水が汚染されていることが判明・・・

     飲料水にはそのまま使用しないようにとの警告が発令・・・」

    絶妙のタイミングに 一瞬グラスを持つ手が止まるが、

    “死ぬことはないだろう”と思い飲み干す。

     

    観光による疲れと 時差ボケによる眠気の合い間に

    断続的な嘔吐が続くなか 3日目の朝を迎えた。

     

    いつまでたっても外出しない私に

    ホテルのハウスキーパーから電話が入る。

    体調不良を理由にベットメイキングを辞退すると

    何か必要なものはないかと心配して聞いてくれる。

    ホテル側とすれば当たりまえの気づかいも

    1人弱っている時にはなんとも嬉しいひと言。

    客の気持ちになって提供するサービス業とは何か

    改めて考えさせられる。

     

    回復の兆しが見られぬまま 時間は無情に過ぎてゆく。

    帰国はもう翌日だというのに、

    まだ予定の半分もこなしていない。

    怠慢な私のこと。

    このような事態が日常生活の中で起これば、

    必要以上に時間をかけ

    自宅でゆっくり完全回復するのを待つだろう。

    だがこの時の私は違った。

     

    昼過ぎになり、少し吐気が治まってきたのをキッカケに

    外出準備にとりかかる決意をする。

    まるで『椅子取りゲーム』の椅子のようにトイレを見据え

    いつでも駆け込める体制を整えつつ まずはシャワー。

    水分と体力を失った身体には重労働であったが

    気分はかなりスッキリした。

    休み休み身支度を整え、3時過ぎにようやくホテルを出た。

     

    『科学博物館』とともに今回是非とも訪れたかったのが

    『大英博物館』(http://www.british-museum.ac.uk/

    身体中からビール臭を発している男性2人に挟まれ

    揺れのひどい地下鉄で最寄の駅へ向う道のりは

    冷や汗ものだったが なんとか無事到着。

    入館したのは既に陽も暮れた4時すぎだった。

    入場無料とは言え、閉館までわずか1時間半。

    幸いここでは事前の下調べが功を奏し、

    ロゼッタストーンやパルテノン宮殿、

    各種ミイラ等をピンポイントで閲覧。

    体調不良などすっかり忘れるほど貴重な展示品と

    その数の多さに圧倒されつつ

    なんとか目的を達成した喜びを胸に建物を出た。

     

    その後 この日初めての食事を摂ったのが

    たまたまオープンしていた日本食レストラン『太郎』。

    ラーメン、餃子から寿司、天ぷら、どんぶり物まで

    “何でもアリ”の日本食レストランだが、

    日曜の夜とは思えぬほどの盛況ぶりで店は満席。

    数年前のニューヨーク同様、

    ロンドンに和食ブームが押し寄せるのも

    時間の問題という気がした。

     

    この頃には不快感もだいぶ治まっていたが、

    いつまた襲ってくるかわからない吐気に怯え

    普通の食事をする気にはなれず、

    恐る恐る日本茶(有料)と味噌汁、サラダをオーダー。

    もともとあまり和食好きではないのだが、

    この時ほど味噌汁が美味しいと感じたことはない。

    おかしなところで“やはり自分は日本人なのだ”と納得。

    このなつかしい日本の味と

    心地よく冷たい外気のお陰で

    体力・気力ともにようやく復活!

    夜のロンドンを散策することにした。

     

    まずは名作の数々を見学しそこなった

    『国立美術館』(http://www.nationalgallery.org.uk/) 

    とそれに隣接する『トラファルガー広場』へ。

    NYの派手な飾付けとは対照的に

    白一色のシンプルな電飾が施されたクリスマス・ツリーと

    その前で奏でられるクリスマス・キャロルをしばし見学。

    ロックフェラーのものと違い、とてもスリムなこのツリー。

    第二次世界大戦中、イギリスがノルウェーをナチス・ドイツから

    守ったことに対する感謝の意を込めて、

    毎年ノルウエーから贈り続けられているのだとか。

     

    次は私がロンドンで最も好きな建築物『ビック・ベン』。

    これまた上品なライトアップで照らし出された

    『ウエストミンスター宮殿』とともにたたずむ姿は本当に美しい。

     

    そこからテムズ河沿いを北上し

    『クレオパトラの針』と呼ばれるオベリスクを見ながら

    『ハンガーフォード橋』を渡って河の東側へ。

    橋上からは四方に広がるロンドンの美しい夜景が一望できる。

    河の東(南)側には『テムズ歩道』と呼ばれる遊歩道があり

    日中はストリート・パフォーマンスや

    古本屋等の出店が軒を連ねる。

    モダンなレストランやカフェの並ぶ『サウスバンク』を超え

    『ブラックフライアーズ橋』を過ぎると

    『テート近代美術館』(http://www.tate.org.uk/modern/)と

    『シェイクスピア・グローブ劇場』

    http://www.shakespeares-globe.org/)が見えてくる。

     

    どちらも次回は必ず内見しようと決意しつつ、

    歩行者専用の『ミレニアム橋』

    http://www.galinsky.com/buildings/millenniumbridge/

    を渡り外壁修復中の『セント・ポール寺院』前に出た。

    昼間は寺院への観光客や

    近隣の証券取引所やオフィスに勤める人々で賑わうこの界隈も、

    日曜の夜は人気も無く閑散としている。

    ここからはバスで『リージェント・ストリート』付近に戻り、

    ロンドンに来ると何故かキゲンを損ね

    全く作動しなくなる私のデジカメに代わり、

    クリスマスの艶やかな装飾を再び脳裏に焼きつけた。

     

    この日 夜の街を歩き回ること約3時間。

    日中ホテルで無駄にした時間を

    充分取り戻せたことに満足しつつ、

    朝までぐっすり熟睡することができた。

    1/2/2006

    冬のロンドン週末一人旅(2日目)

    2日目の朝。

    セットしたテレビのアラームとともに目覚める。

    昼間のフライトで気の向くままに居眠りしたせいか頭が重い。

    やはりNYからのフライトは夜の便にするべきだった。

     

    冬場はNY以上に日照時間の短いロンドン。

    12月中旬の夜明けは朝8時過ぎ。日没は午後4時前。

    無駄な時間を過ごす暇はない。

    身支度を整え 階下のテラス・レストランへ。

    観光客とおぼしき宿泊客が、既に何組か朝食を摂っていた。

    私のような1人旅組も何人かおり、気軽にくつろげる。

    今回選んだパッケージは朝食付きで、

    シリアルにクロワッサン、フルーツやヨーグルト、

    ちょっとした野菜にハムやサラミ、チーズといった品々に加え、

    卵料理やソーセージにトーストといった

    イングリッシュ・ブレックファーストからも

    好きなものがオーダーできた。

     

    商売根性旺盛なNYと違い、

    クリスマス前後数日は全ての店がクローズするというイギリス。

    クリスマス前最後のこの週末は

    『1年で最も買い物客が増える日』だとか。

    何処の国でも、人々の考えることは似ている。

     

    ゆったりした朝食後、

    まずはホテルから歩いて20分ほどの距離にある

    『自然史博物館』(http://www.nhm.ac.uk/)へ。

    まずはそれ自体が芸術品に値する見事な外観に圧倒される。

    入場は無料。

    クリスマスショッピングで忙しい親たちのおかげか、

    普段は子供連れでごったがえしているというこの博物館も

    この時ばかりはガラガラ。

    『ライフ・ギャラリー』入口広場の恐竜にしばし見入った後、

    絶滅種を含む各種鳥類のはく製や

    昔教科書で見たアンモナイトの化石を覗きつつ、

    まっすぐ隣りの『アース・ギャラリー』へ。

    どちらかと言うと生命体より地球や宇宙に興味のある私。

    ここでは地球上で発見されている様々な鉱石や岩石、

    暇そうな警備員のおじさん2人に見守られている宝石類の数々を

    じっくり見学してまわった。

     

    またこのギャラリーの一角には、

    『阪神淡路大震災』の体験コーナーなるものも作られている。

    KOBE SUPERMARKET』という看板につられて店内に入ると

    懐かしい日本の駄菓子屋の風景がそこにある。

    細かい展示品に見とれていると、突然足もとが揺らぐ。

    目の前のモニターでは地震発生当時の様子も放映されている。

    実際の揺れはとてもあのような

    生やさしいものではなかったはずだが、

    生まれてこの方『地震』というものを

    一度も体験したことのない国の人々には貴重な体験となるはず。

     

    次に訪れたのはすぐお隣りの

    『科学博物館』(http://www.sciencemuseum.org.uk/

    ロンドン通の友人でさえ「そんな博物館あった?」

    と聞き返したほど あまり一般的とは言えないようだが、

    実はこの手の博物館では世界一を誇る内容と展示品を誇っている。

    こちらも入場は無料。

    人気のIMAXDシアターのチケット購入者の列をよそに

    まずは地下展示場へ。

    他のコーナーに比べるとこじんまりしたスペースに

    身近な家庭電化製品の数々が時代ごとに展示されている。

    洗濯機、冷蔵庫、ガスレンジから掃除機や水洗トイレに至るまで、

    どれをとっても身近なものだけに、その歴史を辿るのは実に愉快だ。

    またオーデイオ製品やテレビゲーム、PCの歴史は

    自分の成長の歴史とも重なっており、

    私と同年代とおぼしき父親が、小学生らしき息子に目を輝かせながら

    「これなんか お父さんが子供の頃よく使っていた機種だよ。

     ちょっと壊れやすいのが難点でね。」

    と説明しているのを耳にし、思わず笑ってしまった。

     

    館内で私が最も時間を費やしたのは

    18世紀の科学』と『計算の歴史』と呼ばれる2つのセクション。

    前者は当時の最先端技術を誇る精密機械や道具が展示されており、

    技術の高さのみならず、

    その無駄のない形状の美しさに魅了された。

    また後者には、日本のソロバンはじめ世界各地から集められた

    原始的な計算道具から、世界初の大型コンピューターに至るまで、

    展示品一つ一つがどれも興味深いものばかり。

    一箇所にいつまでも止まってしまいそうな自分を

    プッシュしながら歩を進めた。

     

    再び1階に降り立つと、入口近くの明るいギフトショップは

    一風変わったクリスマスギフトを物色する客で大混雑。

    私も思わずここでお土産を購入。

    同じようなギフトショップはアメリカにも多いが、

    やはりイギリスの方がデザインに優れ、

    気の利いた商品が多いように思う。

     

    2つの巨大博物館を出たのは午後1時。

    1人だと自分の見たいものだけ集中して回れるので効率が良い。

     

    次に訪れたのは『ピカデリー・サーカス』。

    NYでいうところのタイムズ・スクエア・・・か?”

    とりあえず『エロス像』を真近で見学。

    “東京でいうところの渋谷のハチ公・・・か?”

    あたりにはいかにも待ち合わせ中という若者たちが群っている。

    『バーガー・キング』を除き、

    この世界的観光スポットの広告が

    日本、アメリカ、韓国の企業に独占されているのが興味深かった。

     

    ピカデリー・サーカスからチャイナ・タウンを抜け

    地下鉄で向ったのが『ポートベロ・マーケット』。

    映画でも有名な『ノッテイング・ヒル』のストリート・マーケットだ。

    細く長い路地の両側に、大小様々な出店が連なる。

    店の多くはアンテイーク・ショップで、

    中には掘り出し物もあるようだが、

    私のような素人ではとても太刀打ちできない。

    今回は目の保養と学習に徹し、

    ブラック・オリーブとフェタチーズがタップリ練りこまれた

    手作りブレッドをランチに

    ひととおりマーケットを見終わったのは日暮れまじかの3時半過ぎ。

    買い物客で溢れる繁華街をダブルデッカーの2階席から眺めつつ、

    一旦ホテルに戻った。

     

    しばらく休憩し、頭もスッキリしたところで再び外出。

    この夏 母を通じて知り合った友人たちと合流し、

    まずはイギリスに来たら外せない『パブ』で乾杯。

    日本人と違い、英国人はツマミを一切食べずに飲み続ける。

    ビールは『ビター』と呼ばれるエール・ビールか

    黒ビールの『スタウト』が主流。

    スパイスが効き、しっかりしたボデイーの『ビター』は、

    冷たく冷やして飲む軽い口当たりの『ラガー』とは対照的に

    室温で飲むのが一般的。

    またこの時期ならではのドリンクとして初めて味わったのが

    赤ワインをベースにした『Mulled Wine』。

    その昔、ワインが腐りやすかった時代に

    スパイスや蜂蜜を混ぜることで、

    なんとか飲める状態にしたのが始まりとか。

    現在は様々なレシピが出来あがっているようだが、

    一般的なのは 人肌に温めた赤ワインに

    シナモンやナツメグ、クローブ等のスパイスをきかせ、

    蜂蜜や砂糖で甘みを加え、オレンジ等の柑橘類で香りを添える。

    そこにウオッカやジン、あるいはブランデーを足せば

    冷えきった身体も一気に熱る冬季限定ドリンクと化す。

    いまでも昔ながらのパブに行けば、

    この時期限定でその店オリジナルのものが味わえる。

     

    ドリンクで温まった後はクリスマスの装飾で有名な

    『リージェント・ストリート』へ。

    大通りの両側に建ち並ぶ昔ながらの美しい建築物は

    白い光でライトアップされ、

    その間をブルーを基調とした電飾の帯が延々と続く。

    通りを行き交うブラック・キャブやダブルデッカーも華を添え、

    街並みはまさに絵葉書のよう。

    クリスマスのロンドンに来たことを実感する。

     

    最後に皆で立ち寄ったのはソーホーにあるインド料理店。

    昔からインドからの移民が多い街だけあって、

    インド料理は極めてポピュラー。

    辛いものの苦手な人が多いアメリカに比べると、

    味付けはかなり本物志向。

    スパイシー・フードが大好きな私だが、

    胃を気づかってオーダーしたタンドーリ・チキンでさえ

    結構スパイスが効いていた。

     

     

    大満足でホテルに帰り、

    翌日のスケジュールを考えつつ

    朝までゆっくり休むつもりだったのだが・・・

    12/29/2005

    冬のロンドン週末一人旅(1日目)

    この夏あまりにも気に入ったので

    週末を使ってクリスマス直前のロンドン一人旅に出かけた。

     

    飛行機は前回同様マイレージを使って

    ヴァージン・アトランテイック(VA)を使用。

    もともと便数の多い区間とはいえ

    この時期スケジュールを組みやすい夜の便はどれも満席。

    止むを得ず金曜の朝の便をおさえた。

     

    まだ雪の少ない12月とは言え、

    出発1週間前は吹雪に見舞われたばかり。

    強運を持つ母が同行しない今回、全ては自分の運次第。

    当日、かろうじて雪は免れたものの

    夜中から降り始めた豪雨のなか、短い旅はスタートした。

     

    朝5時過ぎの空港は 里帰りと思われる乗客で既にごったがえし、

    はちきれんばかりの荷物の山と子供連れの家族が目立つ。

    時刻が時刻だけに

    友達とのおしゃべりで時間をつぶすわけにもいかず、

    地下鉄・バスのストの行方を報道するニュースに耳を傾けつつ、

    夜明け前の滑走路を眺めて出発時間を待った。

     

    ニューヨーク・ロンドン間の時差は5時間。

    朝8時に出発した便がヒースロー空港に到着したのは

    現地時間で同金曜日の夜8時すぎ。

    2席並びの隣りには

    毎月1回は仕事でニューヨーク・ロンドン間を往復しているという

    50代後半のイギリス人男性が座った。

    見るからに几帳面な英国紳士風のこの男性。

    旅慣れているだけあって、

    約7時間にわたるフライト中の行動に無駄が無い。

    退屈だからと寝てしまったら後が辛くなる昼のフライト。

    音楽、雑誌、パズル等、持参した小道具を使い

    充実した時間を過ごしていた。

    特にイギリスで人気らしい『SUDOKU』の本は

    2~3冊持参しており、そのあまりの回答の早さに

    『SUDOKU』初心者の私は思わず

    「コツを教えて欲しい!」と懇願した。

     

    空港から市内への足は

    地下鉄、電車、タクシーといろいろあるが、

    初めての夜の一人旅ということもあり

    今回はネットで見つけた乗り合いタクシーを使ってみた。

    http://airport-transfers.virtual-london.com/default.asp?subtype=comp&id=13 

    予めネットで予約と支払いを済ませておくと、

    到着ロビーでタクシー会社の札を持った男性が迎えてくれる。

    正規のタクシーを使うと道路事情によって料金が上下し、

    平均40パウンド(約8,200円)ほどかかるようだが、

    今回見つけたこの乗り合いタクシーは

    所要時間に関係なく1人25パウンド(約5,100円)チップ込み。

    一人旅には嬉しい金額だ。

    おまけに夜の便で到着する客は少ないのか、この時の客は私1人。

    予想していたワゴン車とは似ても似つかぬベンツに案内された。

    ちなみに本来このようなプライベート・サービスを使うと、

    料金は100パウンド(約21,000円)を下らないのでご注意を。

    ドライバーはスコットランドから移り住み、

    孫が17人もいるという話好きのおじさん。

    観光バスやプライベートツアーもできるという彼には

    車内でロンドン観光に関する貴重な情報をいただいた。

     

    ホテルに到着したのは10時過ぎ。

    今回は様々なサイトを駆使し、

          『宿泊費が安い』

          『地下鉄の便が良い』

          『部屋は狭くても清潔で水の出が良い』

    という条件を基準に見つけたのが

    アメリカの大手ホテルチェーンの1つ、

    ベストウエスタン・バーンズホテル。

    http://book.bestwestern.com/bestwestern/productInfo.do;jsessionid=1A4F626F2374C7E1AD2472EA344A5D54?propertyCode=83801&group=false 

    注文の多いアメリカ人旅行者や各種ホテルランキングにおいて

    価格のわりにそこそこの評価を得ていたのが目についた。

     

    ロビーまでスーツケースを運んでくれたおじさんに別れを告げ、

    こじんまりと落ち着いたフロントデスクに歩を進めると

    若い東洋人男性が笑顔で「こんにちは!」と迎えてくれた。

    一瞬ビックリしたが、やはりなんとなく嬉しくなって

    しばしお互いに簡単な自己紹介。

    Dさんというその20代後半の日本人男性は、

    日本で5年間ホテルマンを経験した後、

    就職の難しいイギリスで現在のポジションを獲得。

    契約社員であるため

    1年後にはまた別のホテルに移らなければならないらしいが、

    最終的には本来の目的地であるアメリカに住みたい

    と楽しそうに語ってくれた。

     

    ゲストカードを記入しながら雑談にふけるなか

    「夏に滞在したホテルはバスルームがちょっと・・・」

    とこぼした私の何気ないひと言に反応したDさん。

    このクラスでは一般的なシャワーのみのお部屋から、

    明るい窓付きの浴室にバスタブのある

    眺めの良い角部屋を用意してくれた。

     

    ちなみに今回のホテル代。

    12月中旬の週末を挟み、シングルルーム・3泊4日・朝食付で

    税込み114パウンド(約24,000円)。

    格安ホテルサイトで同じホテルを予約しても、

    決してここまで安くはならない。

    秘訣はホテルのサイトから直接予約すること。

    そしてその中でもキャンセル可能な日が早めに設定されている

    プランを選ぶと更に価格は安くなる。

    運と体力にある程度自信があれば、これを利用しない手はない。

     

    またこのホテル。

    ヒースロー空港へも直結している地下鉄ピカデリー線

    アールズ・コート駅から徒歩2分。

    目の前には小さな公園があり、

    駅前にはあらゆる店が建ち並び、

    各種美術館やショッピングにも至極便利。

    一般住宅に混じって小さなホテルが密集しており、

    夜遅くであっても人通りが多く安心して外出できる。

     

    かく言う私も、とりあえず部屋に荷物を置くと、

    さっそく近くのマークス&スペンサーに出かけ

    夜食を兼ねたアボカド・サンドとミネラルウオーターを購入。

    食後はDさんに感謝しつつ、

    熱いお風呂で半身浴しながら1日目の疲れを癒した。

    9/9/2005

    イギリスへの旅(10)-英米の違い編

    ある程度予想はしていたものの、

    今回の旅で最も興味深かったのは米語と英語の違い。

     

    単語と単語をつなげるように話す米語に対し、

    メリハリをつける英語。

    同じ文章でも抑揚をつける箇所が違うので、

    お互いに慣れが必要。

    ただしロンドンはじめイギリスでも南部の地方では

    比較的抑揚の少ない話し方をするらしく、

    今回の旅行中出会った人々の英語は

    とてもわかりやすかった。

     

    またちょっとした単語の違いがおもしろい。

    例えばロンドンの地下鉄を利用する際、

    最初に耳につくのが

    Mind the gap」 というアナウンス。

    日本ならば「お足元にご注意下さい」

    アメリカならば「Watch your step

    意味は明確だが、この言い回しがなんとも英国らしい。

    ちなみに空港内のみやげコーナーには、

    Mind the gap」と印刷された

    Tシャツやマグカップなども売られていて、

    このフレーズにウケたのが私だけでないことを実感。

     

    他にも「米単語」→「英単語」の例として

    Bill」→「Note

    Rent」→「Let

    Gas」→「Petrol

    Faucet」→「Tap

    Line」→「Queue

    などの違いがあり、

    最初のころ、観光する先々で「Queue(“キュー”)」を

    耳にした時はさっぱり意味がわからなかった。

     

    また一風変わったところでは、

    人間の体重を測る単位として使われる「Stone

    1 stone = 14 pounds = 6.35キロ

    日本の1貫などに似て、歴史を感じさせる表現だが、

    いまも普通に会話の中で使われている。

     

    言葉とは無関係だが、

    旅の最後に知った違いがもう1つ。

    アメリカでも日本でも、

    飛行機に搭乗する直前まで

    あたりに何かしら売店があることに慣れていた私。

    搭乗前にドリンクやスナックを買おうと思いつつ、

    荷物になるのが嫌でいつものように先送り。

    最初のセキュリテイー・チェックを過ぎた後、

    それまで以上に数多くの店が集中してあることにビックリ。

    高級ブランドはもちろん、

    あのハロッズからみやげ物の一般雑貨、レストランやデリ。

    時間に余裕のあった私は、

    ここでまたゆっくり時間つぶしのウインドー・ショッピング。

    ところがようやく搭乗ゲートが表示され、

    そこに向かって歩き出すと、

    あたりは急に閑散としてくる。

    あれよあれよという間にゲートに到着。

    そして再びセキュリテイー・チェック。

    ニューヨーク便だったせいか、

    ここでのチェックはさらに厳しく、

    特に私のような1人旅の乗客は国籍・性別関係なく、

    バックの奥底から携帯や靴の中まで

    かなり入念に調べられた。

    ようやく検査が終わり、待合室の中に入ると

    そこにあるのは椅子とテレビと1台の自動販売機のみ。

    そしてその自動販売機はコインのみ使用可。

    A君の協力のもと、

    みごとに小銭を使いきって空港に到着した私の財布には

    最後にジュース1本買えるだけの小銭もなかった。

    「次回は事前に買い物を!」

     

    最初から最後まで新しい発見の連続だった旅もこれにて完結。

    9/7/2005

    イギリスへの旅 (9)-Buckingham Palace編

    楽しかった旅もとうとう最終日。

    午後のフライトを前に、

    朝から『バッキンガム宮殿』へ向かった。

    この日のロンドンも朝から雲ひとつない快晴。

    通勤ラッシュで行き交う車・自転車・通行人。

    赤や紫の鮮やかな花々に彩られた広場。

    宮殿に向かってまっすぐのびる朱色の道。

    そして威厳ある純白の宮殿。

    これぞイギリスの象徴。

     

    9時半スタートの宮殿ツアーを前に、

    目の前の『セント・ジェームス・パーク』を散策。

    ここでもまた女王陛下の白鳥や

    (写真左に写るグレーの鳥は白鳥の子供たち)

    カモ、ガン、リスたちが優雅に朝のひと時を過ごしている。

     

    女王陛下の執務室とロンドン公邸を兼ね、

    現在でも実務が執り行われている

    数少ない王宮の1つとして世界的に有名な

    『バッキンガム宮殿』(http://www.royalcollection.org.uk/

    今年は7月30日~9月27日まで

    The State Rooms』が一般公開されている。

    細部に至るまで贅の限りを尽くした

    広間の数々とその調度品。

    著名な美術館に勝るとも劣らない絵画の数々。

    広大で美しい庭園。

    アメリカの『ホワイト・ハウス』に驚いた私にとって、

    この英国王室の実力は想像をはるかに超えるものだった。

    先日の会話の中でN君のお父さんが

    「英国にはまだ明確な社会的階級(上・中・下)が存在する。」

    と言っておられたのが実感としてわいてきた。

    またここでは

    VE Day』=『Victory in Europe Day』と並んで

    私たちが『終戦記念日』と呼んでいる8月15日が

    VJ Day』=『Victory over Japan Day (日本に勝利した日)』

    として展示されている。

    敵に攻撃された宮殿の無残な姿を目にした時、

    女王陛下はこの戦争での勝利を誓ったと言う。

    また90歳をとうに越えながら

    カードゲームが得意というA君のおばあ様。

    実は未だに日本や日本人に対する

    憤りを持ち続けておられると言う。

    戦争の恐ろしさや悲しさを改めて痛感した。

     

    心ゆくまで宮殿内部を見学した私たちは、

    ホテルに戻って荷物をまとめ

    2人の愛車『Smeagol(スメアゴル)』

    (ブログを読んだA君から愛車の正式名称が明かされた)

    に揺られて再びヒースロー国際空港へ。

     

    ストの影響が完全に治まっていない両親のフライトを気遣い、

    機内での食料や飲み物を調達してくれた2人。

    駐車場から遠く離れたターミナルに到着後、

    車内にしっかり財布を置き忘れた母のため、

    あわてて往復してくれたN君。

    VAのターミナルで両親を2人に託してさっさと別れを告げ、

    1人気楽に空港内の売店を散策。

    鮮やかな色使いのテイー・カップをセールでゲットし、

    大喜びしていた実娘に代わり、

    2人は最後の最後まで本当によく両親の

    面倒を見て下さいました!

    今回出会った皆さんのお陰で

    生涯忘れられない楽しい時間を過ごすことができました。

    本当にありがとう!!!

     

    帰りのVAはヒースローからニューアークへの便を選択。

    タイミングが悪かったのか、

    行先が悪かったのか、

    来る時とはうって変わってかなりの大混雑。

    ターミナルの作りとセキュリテイー・チェックの違いも

    その原因かもしれない。

    機内では体育会系のアメリカ人女子高生の団体が

    至近距離に陣取り大騒ぎ。

    また通路側に座った私。

    隣りの2人(アメリカ人中年男性とスペイン人女性)は

    とにかくじっと座っていることができない性質。

    おまけにそのセクションを担当した乗務員はかなりの素人。

    行きとは別のエアラインを利用したかと

    錯覚するほど対応が遅かった

    (それでも態度は悪くなかったので良しとする)。

    帰りの機内でも便利なグッズが配られたが、

    来るときは利用できなかったのが

    Change for Children』 と書かれた紙袋。

    アメリカに持ち帰っても米ドルに換金できない小銭等、

    好きな金額や貨幣をこの袋に入れて乗務員に渡すと

    世界の子供たちのために寄付してくれる。

    なんとも気の利いたサービスだ。

     

    ニューアーク空港からはいつものように

    イエローキャブを利用。

    陽も傾いた夕方とはいえ、

    相変わらず車内は蒸し暑いし、臭いし、汚い。

    ロンドンの清潔なテレビ付きタクシーが懐かしい。

    キャブ運転手の口調も、馴れ馴れしくて乱暴だ。

    ロンドンのタクシー運転手は

    交通渋滞で目的地に到着するまで少々時間がかかったことを

    誰に言われるまでもなく丁寧に謝っていた。

     

    しかしおかしなもので

    右手にマンハッタンの摩天楼が見えてくると

    「家に帰ってきたな。」と安心する。

    やはり今はここが私の住む街のようである。

    9/5/2005

    イギリスへの旅 (8)-London編 (II)

    イギリスの田園風景と家庭料理を満喫した5日目。

    私たちは再び大都市ロンドンに戻った。

    この日はA君やN君同様、

    私の田舎町でTA経験を持つNちゃんが、

    平日にもかかわらず

    わざわざ電車で1時間かけてロンドンに駆けつけ、

    合流してくれた。

     

    この日の最初のお目当ては

    『セント・ポール大聖堂』(http://www.stpauls.co.uk/

    7世紀初頭に建立され、チャーチル元首相の葬儀、

    エリザベス女王2世の即位50周年記念式典、

    チャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式等、

    数多くの重要な儀式の舞台となってきた。

     

    礼拝堂内の記念碑や棺を見学後、

    階段を上ること259段。

    まずは礼拝堂の床面から高さ30メートルの

    『ささやきの回廊』に到着。

    ふきぬけの礼拝堂を取り囲むように

    円形の細い回廊がめぐらされている。

    試しにN君が円の反対側に移動し、

    その壁にそっと語りかけてみる。

    するとすぐ近くで話しているかのごとく、

    彼の言葉がハッキリと耳に伝わる。

     

    『ささやきの回廊』から更に細い階段を上り、

    礼拝堂から53メートル(階段378段目)の

    高さにあるのが『石の回廊』。

    ここは球体ドーム部分のつけ根にあたり、

    建物の外側を取り囲んでいる。

    ここで母とNちゃんは待機。

     

    残り4人で向かったのは、

    礼拝堂から85メートル(階段530段目)

    にある『金の回廊』。

    ここはドームの頂上外部にあたり、

    狭い回廊からロンドン市内を一望できる。

    内部の細いらせん階段は、

    『自由の女神』内部のそれを思い出させた。

     

    適度な運動を終え、

    一服しようと地下聖堂に降りた6人。

    この一角でなんと

    あのN君のお父さんソックリの銅像を発見!

    実はこの銅像のモデル、

    N君の遠いご先祖様にあたるのだとか。

    「世が世ならお近づきにすらなれなかったのだなぁ」

    と感慨にふける私たち親子だった。

     

    次に向かったのは『ハロッズ』。

    恥ずかしながら渡英前、

    『ロンドン』と言えば『ハロッズ』

    しか浮かんでこなかった私。

    とにかくその有名店を一度見てみようと出かけた。

    アメリカのデパートにありがちな、

    いかにも購買意欲を削ぎ取られるような

    デイスプレイに慣れていた私にとって

    『ハロッズ』はその照明といい、陳列の仕方といい、

    日本のデパートを思わせるような愉しさがあった。

    もちろん物価の高いロンドンでも高級品を扱う名店。

    あれこれ買い物をしたわけではないが、

    『ハロッズ』商品ばかりを集めたコーナーで

    みやげ用の小物やお菓子を見つけ大満足。

    あのダークグリーンのショッピングバックを

    もらえただけで、なんとなく嬉しくなる。

    またこの日同行してくれたNちゃんによる、

    若い女性ならではのアドバイスには随分助けられた。

    やはり買い物は女性同士に限る!

     

    夕方、ホテルに戻ってひと休みしている両親と別れ、

    4人で近くのパブにてロンドン最後のビールを味わった。

    イギリスにはパブが本当によく似合う。

     

    夜はアメリカに住む私がネットで選んだ店、

    Rules』(http://www.rules.co.uk/intertnl/welcj.html) 

    にて最後の晩餐を楽しんだ。

    ここは「ロンドン最古のレストラン」として有名。

    1階ダイニングルームの壁いっぱいに飾られた

    数え切れないほどの絵画やデッサンがその歴史を物語る。

    料理は多少塩分が強いように感じたが、

    前菜のフォアグラのテリーヌは美味だった。

     

    楽しかった旅も残すところあと半日。

    9/4/2005

    イギリスへの旅(7)-Cotswalds編

    イギリスへの旅も後半に入った4日目。

    この日はコッツウオルズの大自然と

    その中に点在する城を見学。

     

    まずは1,000年もの歴史を持つ

    Sudeley Castle』(http://www.sudeleycastle.co.uk/)。

    歴代の王室とも関係の深かったこの城では、

    バラや各種ハーブで彩られた大小の庭園と、

    昨年オープンしたばかりの

    希少なキジ十数種類の飼育場が一般公開されている。

    城には現在の主である一族が住み、

    1830年代から始まったという

    復旧工事もいまだ続けられている。

     

    次に訪れたのはグロスターとウイスターの中間に位置する

    Eastnor Castle』(http://www.eastnorcastle.com/)。 

    古い歴史を持つ『Sudeley Castle』とは対照的に

    19世紀初めに建てられたもの。

    様式は当時を代表するノルマン&ゴシック・リバイバル。

    円形の塔が特徴的だ。

    城内にはテーマに沿って壁紙や調度品が揃えられた

    居間や書斎、客室が数多く点在し、

    ビジネスミーテイングや各種パーテイー、結婚披露宴会場

    としても利用されているらしい。

    5,000エーカーにおよぶその広大な敷地には、

    ピクニック場や子供の遊び場に加え

    植木で作られた迷路(Knight’s Maze)もあり、

    大人5人組の私たちも子供たちに混じって楽しんだ。

     

    古城めぐりの後はチューダー様式

    (白壁に黒い木組みの構造が浮き出たデザイン)

    の街並みがかわいらしいLedburyへ。

    細い路地に面したテイールームの中庭で

    『3時のお茶』ならぬ『Cream Tea』。

     

    腹ごなしを兼ねて次に向かったのは

    Great Malvern』と呼ばれる丘陵地帯。

    散策するには最適な丘が連なっている。

    大木の殆どない丘には様々な野草が茂り、

    野うさぎのあけた穴が点在している。

    まさに『ピーター・ラビット』の世界だ。

    残念ながら本場のピーターラビットを

    見つけることはできなかったが、

    小高い丘の上からは

    延々と続く畑や牧草地が見わたせた。

     

    夜は再びN君の実家へ。

    彼のお母さんが腕によりをかけて作って下さった

    食べきれないほどの手料理の数々に

    お手製のブレッド・プデイング、

    A君の手作りベリーパイまで加わって、

    夜遅くまで楽しい食事とおしゃべりが続いた。
    9/3/2005

    イギリスへの旅(6)-Gloucester編

    イギリス3日目。

    大都市ロンドンから車で西北西へ約2時間。

    N君の実家があるグロスターへ向かった。

    彼の在日中、イギリスからご両親が訪日し

    私の実家に滞在。

    また彼の妹さんも日本で両親と対面しており、

    お互いに懐かしい再会となった。

     

    ロンドン郊外をぬけたとたん、

    あたり一面にのどかな牧草地帯が広がる。

    ラベンダーやとうもろこし畑など、

    北海道を思わせるような景色も見られた。

    山のないこの地域には、

    なだらかな丘陵が見わたす限り広がる。

    『もっともイギリスらしい風景』とも言われる

    コッツウオルズ・ヒルズを抜けて

    この日の目的地グロスターに到着。

     

    時刻はちょうど昼時。

    N君も子供時代よく学校帰りに立ち寄ったという、

    地元では昔から有名な

    『フィッシュ&チップス』のお店で昼食。

    ここでは自宅からN君のお母さんも合流した。

     

    ひとくちに『フィッシュ』と言っても、

    白身魚にはいくつかチョイスがある。

    私はフライ料理には最適だと信じているタラを選択。

    N君、A君、N君のお母さん3人も

    やはりタラを選んでいたことから、

    自分の選択が正しかったことを確信。

    ロンドン市内での比較的上品な料理とは対称的に、

    大皿に約20x7cmほどのフライと

    タップリのチップス(フレンチフライ)、

    そしてコールスローが登場。

    フィッシュ用のソースは

    タルタル・ウイスタシアー・ケチャップの3種類。

    チップスにはここでもヴィネガーと塩。

    もちろん飲み物はビール!

    さすがの私もチップスは少々残してしまったが、

    フィッシュは美味しく完食。

     

    食後いったんN君のお母さんと別れ、

    満腹で向かった先はグロスター大聖堂。

    11世紀に建立されたゴシック様式の代表作。

    小雨が降りしきるなか、

    静かな田舎街の中心にそびえたつ

    威厳と風格あふれる姿が印象的だった。

    またこの大聖堂はあの映画『ハリー・ポッター』の

    撮影場所としても利用されたとか。

    本も映画も目にしたことのなかった私だが、

    それを聞いてようやく

    日本語のパンフレットや日本人ツアー客の存在に納得。

     

    次に向かったのはN君の実家。

    2階建てのかわいらしい1軒屋で、

    先ほど別れたばかりのお母さん、

    初日の夕食をともにしたお父さん、

    そして明るく元気な妹さんが、

    まるで誕生日とクリスマスが同時にやってきたような

    たくさんのギフトとともに私たちを歓迎してくれた。

    またお料理好きのお母さんが用意して下さったのが、

    イギリスの伝統的な『クリーム・テイー』。

    お手製のスコーンに

    クリームチーズにも似た濃厚なクリームと

    ジャムをタップリはさみ、

    ミルク・テイーとともにいただく。

    キャンドルいっぱいの

    テーブルセッテイングも参考になった。

     

    8人で賑やかなテイータイムを過ごした後、

    近くの『Corse Lawn House Hotel

    (http://www.corselawn.com/)にチェックイン。

    これまたカントリーサイドのプチホテルと言った感じで、

    長期滞在したくなるような落ちついた雰囲気と

    美しい景観に囲まれた宿だった。

     

    夜はホテルで再び合流したN君のご両親と、

    隣町ウイスターで開催されていた

    『3 Choirs Festival』の聖歌隊コンサートを聴きに

    ウイスター大聖堂に出かけた。

    ウイスターはあのウイスタシアー・ソースでも有名な街。

    そして『3 Choirs Festival』は

    Gloucester, Worcester, Herefordの3大聖堂を舞台に、

    毎年この時期に開かれる

    世界で最も古い(今年で278回目)聖歌隊祭り。

    こちらも11世紀に建てられたウイスター大聖堂で、

    100人ほどのメンバーが大合唱する

    賛美歌をたっぷり楽しんだ。

    途中、音楽も苦手な母は隣ですっかり熟睡。

    そっと腕を引いては、

    周りの方に迷惑をかけないよう

    一定の姿勢を維持するのに苦労した。

     

    2時間ほどのコンサートの合い間にあった休憩中。

    外の広場でいただいたのが、

    イギリスの夏の飲み物として定番という『Pimm’s

    ジンベースのアルコールで、

    レモネードと割ってある甘めのドリンク。

    これにキュウリとレモンのスライス、

    ミントを入れていただく。

    暑い夏の昼下がり、

    ほてった身体を沈めるには最適。

     

    コンサートの後は、

    近くのビストロで遅い夕食。

    旅行中も食事だけはしっかり取り続ける私だった。

    8/31/2005

    イギリスへの旅 (5)-London編 (I)

    イギリス2日目の朝。

    静かなホテルでのんびりと朝食を済ませた後、

    私たち5人はロンドンに向かった。

     

    二十数年ぶりにロンドンを訪れる両親と、

    初めて訪問する私。

    繁華街と美術館が苦手な母に妥協し、

    私の希望をもとにまわったのが

    『ハイド・パーク』→

    『ケンジントン・パレス』→

    『ビック・ベン』→

    『ウエストミンスター・アビー』→

    『トラファルガー広場』→

    『ロンドン塔』→

    『タワー・ブリッジ』

    移動には徒歩・地下鉄・2階建てバスを利用した。

     

    まずは『ハイド・パーク』。

    マンハッタンにも『セントラル・パーク』

    という立派な公園がある。

    しかし周囲に高層ビル群の無いロンドンで、

    あのように広大な公園の中を歩くと

    本当に癒される。

     

    そして予想外に落ちついた雰囲気だったのが

    『ケンジントン・パレス』。

    あのダイアナ妃の住まいでもあった建物。

    館内では18世紀から現在に至るまで

    王室行事に参加した人々のコスチューム、

    ダイアナ妃がまとったイブニングドレスの数々、

    そしてエリザベス女王の衣装等が陳列されていた。

     

    テレビのニュース等でも馴染みの深い、

    国会議事堂とその時計塔

    (『ビック・ベン』はこの時計塔の『鐘』のこと)

    を前にした時は、ロンドンに来たことを改めて実感。

    またテムズ川を挟んだその対岸には、

    歴史的な建築物の中でBAの『ロンドン・アイ』が

    新しいロンドンの姿を見せていた。

     

    イギリス王室とは切っても切れない

    『ウエストミンスター・アビー』。

    歴代の王の墓はもちろん、

    その荘厳な建築様式に圧倒された。

     

    ネルソン提督とライオンの像でおなじみの

    『トラファルガー広場』でバスを乗り換え、

    次に向かったのが『ロンドン塔』。

    現在の賑わいからは想像できないような

    歴史的悲劇の舞台としても有名。

    閉館時間を気にしながら、

    駆け足で見学した中でも特に印象的だったのは

    『ジュエル・ハウス』。

    今も女王やその家族が使用するという

    王冠や財宝の数々。

    金色に輝く銀食器は、

    なんと水銀の特性を生かし、

    一分のすきも無く表面を金で覆うという

    方法を用いて作られたとか。

    イギリス王室の富と力を見せつけられた気がした。

     

    またここで観光客に愛想を振りまいていたのが

    まっ黒い『Raven』。

    日本語のパンフレットによれば『大ガラス』。

    言い伝えでは、その昔チャールス2世が

    「彼らがロンドン塔からいなくなるようなことがあれば、

     王室も滅びるだろう。」

    と予言したことから、

    敷地内で保護されるようになったとか。

    テムズ川の白鳥同様、

    実に堂々と人々の間を歩き回っている姿が愉快だった。

     

    『ロンドン塔』の目と鼻の先にあるのが

    『タワー・ブリッジ』。

    テムズ川にかかる跳ね橋で、

    大型船が通る時のみ橋げたの中央部分が

    「ハの字」型に開閉する。

    ・・・と思っていたら、

    ラッシュアワーの最中にも関わらず、

    私たちが橋を渡りはじめたとたんに合図の音。

    何事かと慌てて反対側に渡り切ったとたん、

    橋げたの開閉が開始した。

    川を見下ろしても大型船の姿はなく、

    何故あの時いきなり開閉したのかは不明だが、

    とにかく珍しい光景を見ることができたのは確か。

    母の強運はここでも幸いしたのかもしれない。

     

    見どころいっぱいのロンドン観光を終えたものの、

    夕食にはまだ少々早い5時過ぎ。

    青年2人の提案で、

    星の数ほどあるロンドンのパブの中でもかなりの古株、

    でもお値段は手ごろという

    『Ye Olde Cheshire Cheese』

    に冷たいビールを求めて出かけた。

     

    2人の案内でなんとかたどりついたこの店。

    細い路地に面した入口は狭く、

    漆黒の木製インテリアの屋内には

    更に細い回廊と低い天井に囲まれた階段が入り組み、

    文字どうり『穴場』と言ったかんじ。

    5人が座れるテーブルを求めて移動するにつれ、

    狭いバースペースやダイニングエリアが現れては消える。

    簡単に迷子になれそうな空間だ。

    タイミング良く

    最地下レベル(地下何階になるのかは不明)で

    大きめのテーブルが空いた。

    昔通った木造の小学校を思わせるような

    木製のテーブルと長椅子。

    最初は薄暗いだけに思われた店内も、

    テーブルについてみると、

    何時間でも居座ってしまいそうな心地よさに包まれる。

    イギリスならではの『チップス』

    (フレンチフライにビネガーと塩を振って食すのが一般的)

    をつまみに、ノドごしさわやかなエールビールで乾杯。

    金曜の夜ということもあり、

    あたりには仕事帰りのビジネスマンが溢れていたが、

    アメリカ人のように大声を出す者もなく、

    仲間との会話を交えながら、

    仕事の後の一杯を楽しんでいた。

     

    とりあえずビールで一息ついた後、

    これまた2人のお薦めで向かったのはトルコ料理の店。

    こちらは一転してモダンな内装。

    野菜タップリの彩り豊かな盛り付けと、

    上品であっさりとした味付けが私たちの舌にあい、

    それぞれ好きな肉のケバブや

    白身魚の料理を満喫し、2日目を終えた。

    8/28/2005

    イギリスへの旅 (4)-Windsor編

    今回私たちの『ガイド兼運転手』を務めてくれたのは、

    スコットランド系イギリス人のA君とN君。

    大学時代からの親友であるこの2人。

    昨年夏、私の田舎町でのTA生活を終えて帰国。

    現在はロンドン郊外に在住している。

    会社勤めのA君はわざわざ有給休暇を取り、

    小学校の先生であるN君は貴重な夏休みを使って、

    我が家の旅を盛りあげてくれた。

     

     

    この2人の好青年とともに

    私たちを出迎えてくれたのは、

    2人の愛車・三菱の白い7人乗りワゴン。

    物を大切にする2人は、

    廃車寸前だったこの車を譲り受け、

    みごとに内装をグレードアップ。

    日本中を走りまくった後、

    みやげ物や家財道具を詰め込んで船便で発送。

    イギリスに渡った現在も

    立派に彼らの『足』となり活躍していた。

     

    BAの到着が遅れたものの、

    5人が空港を出発したのは午前11時前。

    短い滞在をフルに活用すべく、

    初日の目的地であるウインザーに向けて出発した。

    まずはあの有名なウインザー城に向かうのかと思いきや、

    2人が車を停めたのは大小様々なボートが浮かぶ

    静かな川辺のボート小屋。

    「これもテムズ川だよ」と言われてビックリ。

    テムズ川=ロンドンの街中を流れる大河

    を想像していた私には

    なんとものどかな風景だった。

    景色に見とれていた私たちをよそに、

    2人は手際よく小型のボートを借り、

    車からクーラーボックスとブランケットを出して積み込み、

    私たちを船上に促した。

    出発の準備が整ったころ、

    ボート小屋から12~3歳くらいの男の子が姿を現し、

    慣れた口調で2人にボートの操作方法を説明した。

     

    こうして私たちのイギリス観光は

    テムズ川の船上から始まった。

     

    折りしも天気は快晴。

    湿気もなく、川面は穏やかで、

    観光には最高の天候となった。

    旧式のボートだけに、

    エンジン音の大きさが少々気になったが、

    それがまたご愛嬌。

    川岸には船上で生活しているという人々の

    細長いボートがあちこちに停泊し、

    その住人たちが

    日光浴や読書や釣りを楽しんだり、

    日曜大工に勤しんでいる姿がうかがえる。

     

    更に進むと、

    左手遠方にウインザー城の塔が見えてきた(写真)。

    船上以外に人気のない辺りには、

    そこかしこに様々な水鳥たちも見られた。

    我が家の近所でもお馴染みの

    カナダガンはじめ、

    大小さまざまなカモ、

    見たことも無い長いくちばしを持った鳥、

    そして白鳥の大群(写真)。

    野生の白鳥をこれほどたくさん

    至近距離で見たのは初めて。

    なんでもイギリスでは、

    女王陛下のみが白鳥を『食す』ことが許されているとか。

    手厚い保護を受けているこの白鳥たちは、

    私たち一般市民が彼らに指一本触れられないことを

    熟知しているかのごとく、

    実に優雅に、そして堂々と川面を行き交う。

     

    やがて徐々に川幅が広がるにつれ、

    周りには住宅やレストラン、

    公園や広場が目につき始めた。

    私たち同様、クルーズを楽しむボートが

    両岸いっぱいに停泊し、

    それぞれが船上で、そして陸地で、

    思い思いの時を過ごしている。

    適当な場所を見つけ、

    私たちもボートを停めて川岸に上がった。

    全て予定通りとばかりに

    2人は持参したブランケットを広げ、

    クーラーボックスから次々と

    お手製のランチが入ったタッパウエアを取り出した(写真)。

    アンテイパストにサラダにフルーツ。

    肉の苦手な母にはシュリンプサラダ入りピタサンド。

    豚肉好きの父にはローストポーク入りピタサンド。

    日本で覚えたひじきの煮物から

    イギリスの家庭料理(ポークパイ、スコッチエッグ)まで、

    2人が腕によりをかけて作った最高のおもてなし料理を

    テムズ川のほとりでタップリゆっくり味わった。

    またこの時サーブされたドリンクが、

    シャンペンをオレンジジュースで割った

    『Bucks Fizz』

    イギリスでは屋外での食事とともによく飲まれるらしい。

    お酒の苦手な母も、大好きな私も、

    気軽に楽しめる爽やかな飲み物だ。

     

    ランチの後は再びボートで車に戻り、

    一気にウインザー城へ(写真)。

    さすがにここは観光客でごったがえしていたが、

    それまでに充分英気を養った私たちは、

    疲れることもなく精力的に見学することができた。

     

    この日はウインザー城からほど近いバークシャーの

    テムズ川に浮く小さな島のホテル

    『Monkey Island Hotel』

    http://www.monkeyisland.co.uk)に滞在。

    まるで絵画の中のようなかわいらしい外観(写真)と、

    花と緑に囲まれた景色に大満足。

     

    夜は仕事で近くの街まで来ていた

    N君のお父さん(もとシェフ)も加わり、

    ホテルのレストランにて賑やかな夕食。

    もとシェフに薦められ、

    イギリスならではのゲーム料理『ハト』を初めて体験した父。

     

    楽しく美味しい第1日目は無事終了した。