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4/29/2007 春のバンクーバー親孝行の旅(後半)遊びのような、仕事のような、慌ただしい3日間が瞬く間に過ぎ、 帰路についたのは日曜日の朝。 前日の夜、友人から初めてその日に地元のマラソン大会が開催されると知らされ、 早めにホテルを出ようと、フロントに車を頼んだ。
予定していた時間になり、フロントからの電話を取ると 「少し早いのですが、そろそろ車を呼んでもよろしいですか?」 「まだ呼んでないのですか?!すぐ呼んでください。」 5分後。 電話が鳴ると同時に母に受け答えを頼み、別れの挨拶もそこそこに部屋を出る。 1階に下りた私を待っていたのは、にこやかな表情のフロントの男性。 「実は、今日このあたりでマラソン大会がありまして、 道路が封鎖されているので、車が入って来れないと言うんですよ。」 「・・・・・」 「どうしましょうかねぇ。。。」 「どこまでなら来れるんですか? その場所まで私が移動しますから、場所を決めて教えて下さい。」 「どこまで来れるのかなぁ。」 「・・・・・」 「ちょっと待って下さいね。もう一度あちらと相談してみますから。」 5分後。 「わかりました!こうしましょう!○○通りと××通りの角にスターバックスがあります。 そこで△△会社の車が、あなたのことを待っています。そこまで歩いて下さい。」 難題を解決した喜びから、さらに大きな笑みを浮かべる彼にお礼と別れを告げ、ホテルを後にした。
待ち合わせ場所まであと2ブロックと迫り、 車のいない2車線道路を渡ろうとした矢先のこと。
-何処からか群衆の近づく気配-
ふと振り返ると、テレビでよく見るマラソンの先頭集団が 1ブロック後方の角を曲がり、こちらに向って突進してくる。
「まずいっ」 と思うも、時すでに遅し。 渡ろうとしていた目の前の通りを、ランナーの集団が駆け抜け、埋めつくす。 次から次へ、まるで濁流のように押しよせるランナーたち。
マラソンをナマで観戦している感動。 素早く動けなかった自分への苛立ち。 飛行機の時間と、待たせている車が気になる焦り。 どうしようもないという諦め。 様々な感情が相まって、思わずその場で声をあげて笑い出してしまった瞬間、 傍で観戦していた地元の男性と目が合った。
「観戦するのに最適なスポットを手に入れたね。」 「いや、そういうわけじゃないんです。 実はここがマラソンコースだということを知らずに、 この先で空港行きの車と落ちあう約束をしてしまったんです。 いったい何人くらいの走者が参加しているんですか?」 「今日のは5万人ちょっとかな。」 「!!!」 実はこの大会、カナダで一位、北米で二位の規模を誇る10キロマラソン大会。 この日の参加者は過去最高の5万4千人。 短距離なのでピッチも早い。
荷物を抱えて立ちつくす私に 「飛行機は何時?」 「××時発の国際線なんですけど。」 「ん~、ちょっと厳しいかもしれないね。」 「・・・・・」 「よし!僕についておいで。」 「?!」 「いいかい、こういうレースは途中で少しだけ『隙間』が空くんだ。そこを狙おう。」 「ねらおうって・・・」 「僕が合図したら、遅れずについて来るんだよ。いいね。」 「へっ?!」
ちなみに私は走ることが苦手だ。 特にマラソンは子供の頃から苦手中の苦手。 マラソン大会など出たことも無ければ、ランナーの気持ちもわからない。 ただこのままでは、いつまでたっても前進できないことだけは確かだった。
あくまでも自然体なその男性の合図とともに 素人目にはとても『隙間』に見えない空間に向ってスタートをきった。 大きな旅行バックを肩に下げ ヒールの高いブーツで道を蹴りながら ランナーたちの合間を縫って斜めに走り抜ける たかが2車線道路がこれほど長く感じられたことは無いし、 道を渡るのにこれほど緊張したこともない。 無事渡りきった瞬間は、まるで自分もマラソンに参加したような達成感を味わった。
最後まで紳士的なその男性に何度もお礼をし、別れを告げ、先を急ぐ。
約束の交差点が近づくと、こちらに向って大きく手を振る男性の姿が飛びこんで来た。 その後ろには△△会社のサインを掲げた車。
「いやぁ、よくあの道を渡れましたねぇ! こちらから見ていて、どうなることかとハラハラしましたよ。」
まるで長年の馴染み客を迎えるように、 そのドライバーは大きな笑みで私を歓迎し、両手で握手を求めてきた。 マラソンで足止めを食らっていた時間だけでも15分はあったというのに、 料金メーターはエンジンとともに休止したまま。 香港から移住して10年。 「ドライバー業は週末のアルバイトでね。」というその男性。 自慢の娘をはじめ、自分や家族、 果ては同じ香港や中国本土、台湾からの移民仲間の話を、おもしろおかしく話してくれた。
3人の男性たちの協力で、無事到着したバンクーバー空港。 昼なお閑散とした空港なのだと実感。 アメリカ行きは専用のゲートがあり、 空港内で米国の入国審査が受けられるようになっている。 この経路を利用する乗客がよほど少ないのか、 生まれて初めて入国審査官と軽口を交わしてしまった。 「(日本語で)あなた“かわいい”ですね。」 「もう“かわいい”という歳ではないので、できれば“きれい”の方がいいな。」 「OK!あなた“きれい”です。」 「ありがと!」
『バンクーバーの人々は実に温厚で親切だ。』
そして再びニューヨーク。 この日は十数年ぶりの暴風雨がニューヨーク近郊を襲い、飛行機は大幅に遅れた。 キャンセルにこそならなかったものの、私の便が到着したのは深夜1時過ぎ。 もちろん空港は乗客でごったがえし、タクシー乗り場には長蛇の列。 あらかじめ車を予約しておいて正解だったと胸をなでおろし、到着ロビーへ。 黒服のドライバーたちが、それぞれの客の名札を持って出迎える中、 私の名前を探すが、どうしても見あたらない。 周囲を見わたすと、少し離れた柱にもたれ、両足を広げて座りこみ熟睡する一人のドライバー。 その胸には大きく書かれた私の名字。 気の毒とは思いつつ、彼の身体をつつき、起きてもらう。
「あ、やっと着いた? 空港に着いてから飛行機の遅れを知ったんで、思わず寝ちゃった。」
ここでもやはり、私は見知らぬドライバーの馴染み客となっていた。
4/27/2007 春のバンクーバー親孝行の旅(前半)正味3日でカナダのバンクーバーへ出かけた。 目的は実母孝行。 昨年末をもって営業の第一線から退いた母。 長年の夢であった海外生活を実現すべく、バンクーバーへの語学留学を決意。 僅か2ヶ月間とはいえ、年金がいただける歳にして初めての海外1人暮らし。 これまでカナダ西海岸には縁が無かったこともあり、 観光を兼ねて様子を見に行くことにした。
今回も移動にはエアラインのマイレージを使用。 ただし直行便が無い路線のため、シアトル経由で片道約8時間の旅。 騒がしいラッシュアワーのニューヨークを夕方出発し、 バンクーバーに到着したのは現地時間の深夜12時。 大都市の空港とは思えないほど閑散としており、逆に落ちつかない。
空港からダウンタウンまでは車で約30分。 バンクーバーの街とその歴史が大好きという おそろしく礼儀正しいタクシー・ドライバーの案内を聞きながら、静かな夜の街を移動した。
2010年の冬季オリンピック開催を控えたバンクーバー。 美しい山々に囲まれ、豊富な緑と水に恵まれた穏やかな街に、 急ピッチで開発の波が押し寄せているといった様相。 不動産価格の急騰、交通網の不備、急増する予算とともに深刻化する財政難など、 地元の人々にとって、オリンピックの到来は手放しで喜べる話題ではないようだ。
今回、母が滞在先に選んだのは、スタンレーパークにほど近いホテルアパートメント。 約500sf(約46㎡)の1ベットルームには キッチン設備から洗濯・乾燥機、家具やリネン、食器類まで付いて、週一回のメイドサービス込み。 リビングと寝室の他に小さな勉強部屋もあり、学生にはぴったりの間取り。
ゆったり深めのバスタブも日本人好みだ。 英語学校を通じて日本から予約したホテル代は、9週間で415,000円。 マンハッタンの半額以下である。
初めてこの街を訪れ、何よりも驚いたのが日本食と文化の浸透ぶり。 空港内の日本語案内をはじめ 特にダウンタウン周辺には、様々な日本食レストランや雑貨店が軒を連ね さながら 『カナダ版-ホノルル』 と言ったところ。 観光客の多いエリアを中心に歩きまわったせいか、 街中ですれ違う日本人の数も半端ではなかった。 ちなみに、たまたま入った寿司屋のネタ(特にサーモン)の新鮮さと にぎりのシャリや巻物の小ささには驚いた。
限られた時間のなか、教えることを端から忘れる母へのオリエンテーションの合間にこなしたのが <イタリア系カナダ人一家宅での夕食会> イタリア生まれのお父さん自慢の手作りラザーニア &グリルした本場のイタリアン・ソーセージが絶品! 明るく楽しい一家とともに、おしゃべりと赤ワインがすすんだ。 <カナダ製の皮ジャケットを$100引きで購入> セールの最終時期を迎えていた皮専門店で掘出し物を発見。 上質なカナダの皮製品。為替差益もあって更に得した気分。 <市内観光> 基本的にバンクーバーの人はよく歩き、よく走る。 平たんなマンハッタンに比べ、坂道のアップダウンがきつい箇所も多いが、 全体的に歩行者に優しい街であるのは確か。 運動不足の母を騙し騙し、最終日はかなりの距離を歩きまわった。 ダウンタウン→ バンクーバー発祥の地 ガス・タウン→ 北米最大 飲茶が安くて美味いチャイナ・タウン→ 歩いて渡りきった グランビル橋→ 新鮮な食材が揃うマーケットが有名 グランビル島→ 美しい夕陽と砂浜が楽しめる イングリッシュベイ→ 美しい白イルカと愛らしいラッコに魅了された スタンレーパーク水族館 広大なスタンレーパーク こうして振り返ると、歩き慣れない母には、少々厳しいルートであったかもしれない。 3/18/2007 ペットフード・リコール2006年12月3日から2007年3月6日までに 米国内の工場で生産されたペットフードの一部が 腎不全等を引起こす可能性があるとしてリコールになっている。 対象となるのは、有名ブランドを含む犬猫用ペットフードで、缶やパウチに入ったもの。 猫用ペットフード http://www.menufoods.com/recall/product_cat.html 犬用ペットフード http://www.menufoods.com/recall/product_dog.html 心当たりのある方は、至急商品の確認をされるようお薦めします。
1/20/2007 オンリー・イン・アメリカ?!新しい年を迎え、20日近くたってようやく訪れたニューヨークの初雪。 例年この時期になると天気予報で頻繁に耳にするのが「windchill factor (体感温度)」。 寒さの厳しい地域では気になる情報も、今年はあまり聞くことなく今に至っている。 気候や環境の変化は世界的なものであろうが、人々の生活はどうなのか? 近ごろ気になったアメリカ国内の話題を拾ってみた。
「火事場のバーゲンセール?!」
クリスマスセールの最中、オハイオ州のあるデパートで電気系統の故障から発火し、店内に濃い煙が充満した。 駆けつけた消防隊員たちの避難命令をよそに、店内にいた買い物客の多くはセール品の物色を続けたとか。
「不法移民の 不法移民による 不法移民のための-フェンス?!」
カリフォルニア州とメキシコの国境に設置されたフェンスの製作に、大勢の不法移民を雇っていたとして、 ある施工業者が500万ドル近い罰金を支払うことになった。 業者側は事実を認めつつも、外国人の臨時雇用制度の必要性をうったえたとか。
「星条旗は必須条件?!」
ネバダ州のある町では 『アメリカの星条旗を伴わない外国の国旗掲揚は違法』 としたとか。
「支払いはペソでどうぞ?!」
テキサス州のあるピザチェーンでは、顧客の6割がヒスパニック系であることから、 『メキシコ通貨のペソによる支払い受付』 を期間限定のプロモーションとして開始した。 アリゾナ、ネバダ、カリフォルニア、そしてコロラド州にまでチェーン展開しているビジネスの新たな手法に対し、 全米から賛否両論の意見(主に抗議)が寄せられているとか。 [ちなみに・・・南北国境付近の各地域では、これまでも大小様々なビジネスが、 日常的にペソやカナダドルでの支払いを受付けている。 今回は深刻化する不法移民の問題を背景に、各種マスメディアでも大きく取りざたされたため、 特に注目が集まっているようだ。]
「禁煙対策あれこれ」 ニューヨーク州のある分譲マンションでは、一部住人の苦情に対応し、 「室内で喫煙する際、窓を開けて換気しようとするのはやめて下さい。 外からの風で、煙や臭いが館内に充満し、近隣住人の迷惑となります。」との通知を配布したとか。
マサチューセッツ州のある男性は、『社員の喫煙禁止』を社則とする雇用主が行った尿検査の結果、 体内からニコチンが発覚。職を解雇された。 男性の弁護人は「違法でない行為を理由とする解雇は、個人のプライバシーの侵害だ」と主張しているとか。
コロラド州の裁判所では、ある夫婦に対し 『自宅での喫煙禁止』 の判決が下された。 この夫婦が所有する分譲マンションでは、管理組合により 『全館あげての禁煙』 が規則となっており、 それに反対する夫婦が起こした訴訟の結果となった。 裁判長は 「煙草の煙や臭いは壁を通過し、近隣住人の迷惑となりうる。 夫婦が喫煙したければ、建物の外に出るべき。」 とコメントしたとか。
ネブラスカ州のある都市では、レストランやオフィスを含む公共の場での喫煙を違法としており、 違反者には初回で100ドル、3回を越えると500ドルの罰金が科せられる。 市警察では「喫煙者を見かけた場合は、即911(日本の110番)通報するように」と市民に呼びかけているとか。
「ホームレス相手に100万ドル訴訟?!」
ニューヨーク市内のある高級アンティークショップのオーナーは、 店の前面に位置する建物のダクト周辺にたむろする4人のホームレスに対し、 「店に入ろうとする顧客を脅えさせ、店のイメージを害した」として、 100万ドルの賠償金と店頭から30メートル以内への侵入禁止を訴える訴訟を起こしたとか。 [ちなみに・・・冬場のニューヨーク市内では、寒さをしのごうとするホームレスが、温風の吹き出し口となる 建物のダクト周辺に集まる様子があちこちで見うけられる。 このオーナーによると、2004年からたびたび警察に通報しているものの問題が解決されず、 今回やむを得ず訴訟に踏み切ったとのこと。]
「既婚女性は少数派?!」
1950年には全体の35%だった独身女性が、2005年には過半数を超える51%まで上昇したことが、 ある統計で明らかになった。 要因として、若い女性の 『結婚年齢の上昇』 や 『結婚相手以外との同居の増加や長期化』、 年配女性の 『寿命の延長』 や 『再婚の先延ばしや拒否』 があげられるという。 ちなみに同統計によると、黒人の30%、ヒスパニック系の49%、ヒスパニック系以外の白人の55%、 そしてアジア系女性の60%以上が結婚相手と同居しているという。
他民族国家アメリカ。今年もいろいろありそうだ。 12/23/2006 ホリデー気分日本と違い、正月をゆっくり過ごす習慣のないアメリカ。 『ホリデー気分』が最高潮に達するのは クリスマスや元旦を目前に控えた いまこの時期。 暖冬でいまひとつ季節感が湧かぬものの 街のあちこちにイルミネーションが輝き、気分を盛り上げる。 有名なロックフェラーセンターの巨大ツリーをはじめ
街の各所に様々なツリーが出現し、 家庭用ツリーやリース・飾付けの売店が活気づく。
有名デパートの前には、恒例のウインドゥ・ディスプレイ目当てに行列があとを絶たない。
普段は殺風景なオフィス街も この時期ならではの装飾が施され、行き交う人々の目を楽しませてくれる。 家族や恋人、同僚や友人へのプレゼントを求め ショッピング・バックをいくつも抱えて歩く人々の表情は なんとなく殺気立っている。 これもニューヨークならではの景色だろう。 クリスマス、ハヌカ、クワンザ。 宗教や民族による違いはあれど 大人から子供まで、多くの人が幸せな気分になれる大切な時間。 皆さんも良いお年をお迎え下さい。 12/11/2006 秋の日本食べ歩きの旅2年ぶりの一時帰国。 見慣れぬ高層ビルが建ち並ぶ街並み。 新たな地下鉄ラインとチケット制度。 迷路のように広がる地下街。 記憶力の低下に加え、都心の変化は著しく、戸惑うことばかり。
今回の目的地は東京・宮城・長野。 美味いものを食べ、 懐かしい人々に会い、 美しい日本の秋景色を堪能した。
1日目(東京) 北鎌倉駅より『臨済宗 建長寺』を訪れた後
『鎌倉・鉢の木』にて精進料理と地ビールを賞味。
食後は七五三の参拝客で賑わう『鶴岡八幡宮』と『鎌倉国宝館』を訪問。
夕食は品川・ホテルラフォーレ東京の『なだ万』にて本懐石と辛口の大吟醸。 初日から日本の秋を目と舌で満喫。
2日目(東京) ランチは地元の常連客が多いという本願寺近くの『築地・き楽鮨』 ネタの新鮮さは文句なし。 大好物の“ひかりもの”を冷酒とともに思いっきりいただく。 夕食は新宿西口付近の『串揚げ・でめ金』にて人気の『でめ金コース』 大胆かつ繊細なメニューの数々に、カロリーも忘れて思わず手がのびる。
3日目(東京) お昼は「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨にて『すがも・田村』の小会席。 クリームチーズやタンシチューなど、洋風素材を使ったメニューがユニーク。 食後は有名な『とげ抜き地蔵』を参拝し、お年寄りで賑わう商店街を散策。 夜は渋谷・セルリアンタワー東急ホテルの『Szechwan Restaurant陳』にてディナーコース。 燕の巣、フカヒレ、黒毛和牛、伊勢海老と豪華素材が続くなか 最も印象に残ったのは しめの『坦々麺』
4日目(東京) 新宿京王デパート『パリの朝市』にてランチコースと白ワイン。 美味しいフレンチを気軽にいただけるのは日本ならでは。 炭火でじっくり焼いたハーブ鶏に、釜飯の具は海鮮“パエリア風”
5日目(東京) 新宿高島屋の『築地・玉寿司』にて寿司食べ放題に挑戦。 人間の胃にはやはり限界があることを実感。
6日目(東京) 『廻るすしざんまい・築地店』にて再び寿司ディナー。 あぶらののった大トロに、皿からはみ出んばかりのアナゴ。 精算時『各皿の枚数を瞬時に数える器械』の登場に、時の流れを感じた。
7日目(宮城) 仙台入り。昼食は『牛たんの佐利一番町店』にて名物の牛タン定食と生。 厚切りなのに柔らかい牛たんを、塩と味噌、2種類の味付けでいただく。 クリアでコクのあるスープにとろろ汁と麦飯。 ご主人が特別サービスしてくれた特製笹カマ付きでお腹も心も満腹。 市内観光はレトロな観光バス『るーぷる仙台』の1日乗車券を利用。 『瑞鳳殿』『青葉城跡』を巡る。
夕食は雰囲気を変え『あ・たーぼら』にてイタリアン・ディナー。 鮮魚のカルパッチョ、地鶏のロースト、こしのあるパスタ。 素材がいいと料理も美味い。
8日目(宮城) 日本三景のひとつ『松島』へ。
『五大堂』近くにある『食事処・独まん』にて牡蠣の殻焼き・牡蠣フライ・牡蠣酢をいただく。 日本の牡蠣はやはり濃厚で美味。 『松島』から『塩釜港』までフェリーで移動。 マリンゲート塩釜の向い『お食事処・大漁横丁』の鉄火重定食は1000円也。 ニューヨーク在住日本人にも有名な仙台銘菓『萩の月』ほか、みやげ選びには困らぬ街だった。
9日目(長野) 松本入り。季節外れで閑散とした白樺湖。 そのほとりにある『世界の影絵・きり絵美術館』にて幻想的な世界へ。 ランチはやはり信州そば。 たっぷりの山菜にとろろを添えた、どんぶりいっぱいの『二ハそば』は あっという間に胃に消えた。 この日の宿は『扉温泉・明神館』 信州松本の山間にひっそりとたたずむ老舗旅館。 どっしりとした和風建築の外観に落ち着いた内装。 感じの良いスタッフによる、行き届いたサービスや小物の数々。 川沿いの『露天風呂』にゆったりした『大浴場』 美しい自然を眺めつつ楽しめるユニークな『立ち湯』に『寝湯』 夕食はあえて『オーガニック・フレンチ』を選択。 地元の野菜にフレンチ特有の素材を織り交ぜたメニューを 静かでゆったりとした空間でいただく。 まさに『癒しの宿』。
10日目(長野) 帰国すると必ず訪れたくなるのが日本の寺と城。 この日は『カラス城』の異名を持つ『国宝・松本城』を見学。 土足厳禁・吹きさらしの城内では、武士の寒さが身にしみた。 最後の晩餐は北信・小布施町にある『寄り付き料理・蔵部』 地元の酒造メーカーが経営するこの店。 自慢の酒とそれを引立たせる肴の数々に 大釜で炊いた美味い飯という酒好きにはたまらないメニュー構成。 店内には本物の酒樽も並び、雰囲気は酒蔵そのもの。
いつもながら駆け足で過ぎ去った日本での楽しい時間。 次回は何処で何を食べよう?
11/2/2006 ニューヨークみやげ毎年この時期になると、時の流れが加速するように感じるのは錯覚か。 今年も残すところ2ヶ月。 ただでさえ慌ただしい季節に、2年ぶりの一時帰国を決行することにした。 『冬のロンドン』『夏のパリ』に次ぐ『秋の日本一人旅』である。
これまでの経験から、11月に帰国する大きな理由は2つ。 1.航空運賃が比較的安く、飛行機も空いている 2.アメリカ最大の祝日『サンクスギビング』前後は休暇が取りやすい
ところが、燃料費の高騰により、航空運賃はのきなみ上昇。 一部米系エアラインによる『ニューヨーク⇔東京直行便の廃止』で 機内の混雑も予想される。 一時帰国のハードルがますます高くなるのは必至だ。
そして次に直面する難題が『みやげ選び』 “世界中のあらゆるものが手に入る日本”に住む知人や友人へ “これといって珍しいものも、美味しいものもないアメリカ”から 『ニューヨークみやげ』を選び、持参しなければならない。 こちらに住む日本人に共通する悩みのひとつだろう。
昔から定番の『ビーフ・ジャーキー』や『マカダミア・ナッツ入りチョコ』 これらは未だに空港や街の土産物屋で健在だが、あまりにも工夫がなさ過ぎる。
安くて美味しい『カリフォルニア・ワイン』を持参する方もいるようだが、 相手が限られ、とにかく重い。
『ディズニー』『ギャップ』『ティファニー』・・・ 各種USAブランドは既に日本でもお馴染み。
ローカル新聞に掲載された “パリとニューヨークにしかない雑貨屋”に出かけてみるも 「うちはパリ、ニューヨークに加え、ロンドンや東京にも出店しているの」 と店のスタッフに自慢された。
また日本のテレビ番組で 『いまアメリカでは、スポーツ・スタッキングというゲームが流行っている』 と知った小学生の甥に頼まれ、街中のオモチャ屋を徘徊するも、影も形も見つからない。 ようやくある店で出会ったもとバーテンの店員いわく 「それはもともとバーテンダーが始めた競技で、オモチャ屋には売っていないよ」 「大きな声では言えないけれど、そんなものは家にあるプラスティック・コップでも使ったら充分さ」
何年かに一度しか会えない、懐かしい面々に贈る『ニューヨークみやげ』 納得ゆく逸品に巡り逢えるのはいつのことやら。 9/21/2006 猫も喜ぶ・・・空も空気も秋模様のニューヨーク。 マンハッタン中心部のブライアント・パークで開かれる 恒例のファション・ウィークも終了。 春先ほど大胆ではないものの 愛娘にとっても今年2度目の衣替えの季節。
今年14歳の彼女。
完璧なショートヘアだった兄と違い、何故か毛足が長い。 長いと言っても部分的で、長さも中途半端。 雑種だが、親バカな私は『メインクーン』が入っていると信じている。
この中途半端な毛。 時に美しく、凡猫の彼女を優雅に演出するものの 普段はかなりの厄介モノ。 細く、柔らかで、ほんのりソバージュの入った毛は 見事な吸引力で家中の埃をかき集める。 やたらスキンシップしたがる両親がこすりつける人間の汗と脂も加わり 大嫌いなシャンプーに耐えても、美しい毛並みは2日ともたないのが現状。 特に腹部の毛は大きく波打つ天然パーマに恵まれ、毛足の絡まる原因となる。
そこで必要不可欠なのがブラッシング。 こちらで一般的なペット用ブラシを利用するも
年齢とともに肌がより敏感になってきたのか 死にもの狂いの大騒ぎとなる昨今。
「うぅぅぅ~っ」 という嫌悪感まるだしの唸り声が 「ぎゃおぅっ」 という叫びに変わり 「くゎぁぁっ!」 という怒りとともに猫パンチによる反撃が始まる。 それでもブラッシングが続くと 銀行強盗を捕まえた警察犬のごとく、こちらの指にかぶりついてくる。 唸り始めるとブラシを近づけるだけで拒絶反応を示す姫君。 温厚な『メインクーン』にあるまじき行為である。
とは言えブラッシングをサボると、定期健診を施す獣医にまで 「毛並みがあまり良くないけれど、彼女は体調が悪いのかしら?」 などと大きな誤解を受けてしまうし、 習性の毛づくろいで『死毛』をたっぷり呑みこんでしまうため ヘアボールにも苦しむこととなる。
心を鬼にして死闘をくり返していたある日。 テレビコマーシャルで見つけ、ネットで購入したブラシがこれ。
デザインは異なるが、日本でも似たような商品があるらしいこのタイプ。 半信半疑で購入してみたところ、気難しい娘の反応がすこぶる良い。 これまでのブラシと同じ感覚で つい刃先を肌に近づけてしまう(=彼女が怒る)場合を除けば 「ぎゃおぅっ」以上に怒りが進行することも無くなった。 難航を極めた腹部のブラッシングも、このブラシの登場によって再開した。
強いて難点を挙げれば 抜けた『死毛』が留まるほど、刃先が長くも、刃数が多くもないため 抜け毛が舞いあがったり、静電気でブラシの柄にまとわりつく。
『親子の縁を切るか』といわんばかりの闘いを解消してくれた一品。 娘も私も納得の買い物であった。 9/11/2006 テロの傷跡今年の9/11も間もなく終わろうとしている。 グラウンド・ゼロはじめニューヨーク近郊では 朝から犠牲者の追悼式が各地で行われた。 事件から5年目の今日も朝から爽やかな秋晴れ。 あの日と同じ。
ハドソン川ごしにワールド・トレード・センター(WTC)が臨める街に住んでいた当時。 いつものように仕事に出かける準備をしていた朝 突然聞こえた爆音。 大きな音には慣れていたものの、ただならぬ雰囲気を感じつつ ニュースを見る時間もなく家を出る。 アパートのロビーに降り立つと いつも陽気なコンシェルジの緊張した表情と他の住人たちの群。 「WTCが火事らしいよ!」 ロビーの窓からマンハッタン方面を見ると、 タワーの一方からもくもくと黒煙が吹き出している。
“すごい火事だ!”
黒煙発生の原因を知らぬまま、マンハッタン行きの地下鉄に乗り込む。 グラウンド・ゼロからは距離をおくミッドタウンのオフィスに到着後 自宅にとどまった仲間から、刻々と変化する近況が寄せられる。 まるで映画のような出来事の連続。 今後の予測がつかぬまま、昼過ぎに帰路につく。 既に全ての地下鉄は運行停止中。 川向こうに住む者の足はフェリーのみ。 マンハッタンで唯一開設されていたフェリー乗場までひたすら歩く。 乗場には長蛇の列。 WTC付近から歩いてきたらしく、頭からつま先まで埃だらけの人も多い。 いつもおしゃべりで、文句の多いニューヨーカーたちが これほど大勢集まっているというのに あたりは不気味なほど鎮まりかえっている。 行列の周りは機関銃を抱えた軍人が取り囲み、 真っ青な上空を轟音を引きずるジェット戦闘機が巡回する。
“この先 何が起こるんだろう?”
できるだけ多くの人間を、短時間でマンハッタンから外に出すため フェリーの終点は直線距離上にある対岸一箇所のみ。 そこから各自の最終目的地に限りなく近い地名を掲げる臨時バスに乗り込む。 マンハッタンの外とは言え、緊急警備が敷かれた近郊の街は あちこちの主要道路が封鎖されている。 緊急時に出動したバスの運転手たちは、ただでさえ道に不案内の者も多く 乗客との共同作業でバスを走らせる。 なんとか隣町まで到着した私はそこから再び歩く。 途中、見知らぬ夫婦から道端でミネラルウォーターをいただき、ようやくのどを潤す。 携帯電話は繋がらないことの方が多かったものの、 家族や親しい友人の無事は確認済みだったため不安はなかった。 私の9/11はとにかく歩いた1日だった。
この事件が残した傷はとても大きく、とても深い。 大切な家族や恋人をある日突然失う悲しみとは比較のしようもないが 『自由の女神』や『エンパイア・ステート・ビル』同様 WTCそのものが アメリカに住む者にとって特別の存在であったことは間違いない。 5年たった今も、事件に関わった多くの人々の心と同じように グラウンド・ゼロには大きな穴が開いている。 失った被害者を悼む人々。 事件前に加害者と接触し、未だに自分の非力を悔やむ人々。
被害者の無念を忘れることなく、 自由と平等を尊重するこの国ならではの生き方を貫いていきたい。9/9/2006 食欲の秋夏の終わりを告げる『Labor Day』も過ぎ 僅かながらに秋の訪れを感じる今日このごろ。
ひと足先にパリで満喫した“芸術の秋”につづき 早くも襲ってきた“食欲の秋”。
毎日絶え間なく自宅に届くジャンクメールの数々。 その中にある日見つけた“円柱形の透明なプラスチックケース”。 何かのサンプル商品かと思い、蓋をあけてみる。 すると中には折り目がつかぬよう、丁寧にまるめられた一枚のメニュー。
煉瓦模様の縁どりに、身内で経営してきた店の歴史。 “est. 1958” “Brick Oven Pizza” どうしても『ピザ』が食べたくなった。
ハンバーガー同様、大人から子供までアメリカ人に根強い人気のピザ。 ランチにスナック、夕食、パーティーで気軽に食される。 生地には厚いもの、薄いもの、その中間のものがあり トッピングの種類やコンビネーションもさまざま。 迷ったあげく、今回は大好きなチーズに重点をおき 選んだのが
“Quattro Formaggi”(4種のチーズピザ)$15.95
ピザには欠かせない“モッツァレラチーズ” 力強い味と風味の“パルメザンチーズ” さっぱりした味わいの“リコッタチーズ” くせのない“プロボローンチーズ” に野菜の旨味が凝縮したトマトソースという組み合わせ。
チーズ4種でかなりしつこい仕上がりを予想していたものの 軽いリコッタと酸味の利いたトマトソースが全体をうまくまとめている。
ちなみにこのピザのサイズは直径18インチ(約46cm)。 さすがの私も1人で1枚完食は無理だが、 女性にしては少々多め(?)の2スライス(1/4)をいただく。 学生時代は4スライスこなしていたのが、いま思うとおそろしい。
相変わらず大食漢の私と違い 先日昼食をともにした友人はダイエットの真最中。 テレビドラマや映画で有名な女優カースティ・アレイがスポークス・パーソンとなり、 このダイエットプログラムによって みずから75lb(約34キロ)の減量を達成するとか。 久々に会った友人も、同社のプログラムによって 3ヶ月で10lb(約4.5キロ)の減量に成功したらしく、見た目もスッキリ。 基本的に食事やスナックの摂り方を指導するこのプログラム。 全ての飲食物にポイントがつけられており、 各自の目標体重に合わせた一日の摂取ポイントの上限が設定されている。 同じ食材も、調理法でポイントが上下するため 彼女は「メニュー別のポイントが記載された解説書」と「カロリー早見票」を持ち歩き、 食後は口にした全ての食材の種類と摂取量を「ダイエット・ダイアリー」にメモしていく。 サラダひとつオーダーするにも 具材はもちろん、ドレッシングの成分を細かくウエイターに確認するのでおおごとだ。
友人の涙ぐましい努力をよそに この秋も私の中の“食欲の秋”は健在だ。 8/31/2006 夏のパリ一人旅(帰路編)帰国の朝。 幸いホテルのケーブルTVには イギリスのBBCとアメリカのCNNが入っていたため、 ロンドンでのテロ騒ぎの現状とアメリカの様子は把握できた。 だが肝心のローカルニュースが理解できないため、 フランス国内の状況がわからない。 とりあえずロンドンの情報を参考に荷作り完了。 チェックアウト際にフロントでフランスの様子を尋ねると 「警戒はしているようだけど、パリの空港はまだ大丈夫じゃないかなぁ。 詳しいことはその新聞に英語で書いてあるんじゃない?」と呑気なもの。 “ここはフランス。イギリスとは違うさ。”と呑気な私もひと安心。
空港までのシャトルバスピックアップは充分余裕を持った6:00AMに設定。 まだ暗く人気のまばらなパリ市内。 初日の男性同様 渋いスーツ姿の若いドライバーが 満員のシャトルバスを慣れた仕草で操りながら 細い路地を恐ろしいスピードで走りぬける。 助手席に座らされた私には まさに朝から目の覚めるような体験。 おかげで予定よりかなり早い6:35AMには空港に到着。 既にあちこちで行列の見られる空港内をうろつき まずは目的のチェックインカウンターを発見。 どうやら私の便が朝1番らしく、カウンターは準備中。 10mほど並んだ乗客の列の最後で順番を待つ。
しばらくすると緊張した面持ちのスタッフが集合し、真剣にミーティング開始。 どうやらパリ空港のセキュリティー強化は“いま”からスタートする模様。 『コンチネンタル航空のニューヨーク直行便』ともなれば警戒するのは当然。 チケットカウンターに達するまでに3人ものスタッフから ビザやパスポート、荷物に関する質問を受ける。 ようやくチェックインを済ませ、ボーディングパスを受取ろうとすると 「セキュリティー強化のため、搭乗時刻は1時間半ほど遅れます。」とのこと。 時刻は7:20AM。長い一日の予感がした。
慣れない空港に入ると、まずは搭乗口を確認したくなる心配性。 セキュリティーゲートの外にとどまる人々を横目に さっさとゲートに進む。 BBCのおかげで手荷物のトラブルもなく、あっさり通過。 基本的に水モノさえ所持していなければ携帯電話やラップトップもOK。 実にあっけない手続きを終え、時計を見るとまだ7:30AM。 そのうえ搭乗口はセキュリティゲートの目の前。 ゲート内の軽食売店は朝9時開店。 かろうじて開いている小さな免税店には 持ち込み規則の変更を知らぬ 酒や香水がこれ見よがしに並び、 冷蔵庫のチーズやパテは搭乗時刻のわからぬ客に 「これが最後のチャンスだよ」と語りかける。 ゲート内の散策を断念し、ひたすら瞑想と読書で時間をつぶした。
この日 アメリカ、英国、イスラエル向けの便は セキュリティ・チェック強化の主な対象となったようだが、 パリの空港スタッフはみな効率的に仕事をこなしていた。 各航空会社の乗務員も一般客と同じゲートを通過し、細かなチェックを受ける。 ある程度の行列はできても、人の流れは比較的スムーズだった。 にも関わらず最終的に搭乗手続きが始まったのは12時過ぎ。 最大の原因はアメリカからの到着便の遅れ。 ニューヨークからの到着便が3時間以上遅れたコンチネンタルのみならず、 他のアメリカ航空会社の到着便ものきなみ遅れ 出発時は滑走路も大渋滞。 新たな規制の対応におわれ、もたつくアメリカの空港職員の様子が目に浮かぶ。
ちなみに後日入った情報によると この前日 日本へ発ったAさんは何事もなく普通に出国。 この翌日 アイルランドへ発ったJとMさん姉妹。 1時間遅れの出発となるも、水の機内持ち込みもお咎めなく(?)出国。 2週間後 ニューヨーク経由でヴァージニアへ戻ったNさん。 水はおろか、口紅や雑誌まで規制されたうえ 搭乗後 2時間かけてNさんの後部2列の乗客と荷物の再検査。 その後滑走路の渋滞で 離陸は22機目。 ようやく到着したニューヨークでは見事に乗継便を逃し、ニューヨーク郊外で1泊。
各人の運命を感じる。
最後の最後で思わぬ足止めをくうも、 充実した旅の満足感と早起きによる疲労から 長い待ち時間もそれほど苦にならなかったのは事実。 セキュリティーゲート前の搭乗口付近で目にする光景も 立派な暇つぶしの種になる。
インドの航空会社の女性客室乗務員は艶やかなサリーが制服。 その多くが黒髪をアップにまとめ、独特なメイクでゲートを通過する。 その中のひとりは見事な9等身。 彫りの深い美しい顔立ちにサリーがとてもよく似合う女性。 視線を定めてさっそうとゲートをくぐり、係員の前で優雅にターンする姿は まるでファッションショーの舞台を飾るトップモデル。
『パリといえば香水』とばかりに様々な香水を買い揃え、 手荷物として持ち込もうとした乗客カップル。 取りあげられることはなかったものの、 全ての箱を開封し、中身を取り出しては『本物の香水』であることを証明。 付近はとたんに独特な香りに包まれる。
中でも驚いたのは、どこからともなくやって来た集団が 大きな旗を振りかざし、何やらゲートに向って叫び始めたこと。 ここでも言葉がわからず、あっけにとられていると 隣りにいたフランス人男性が苦笑いしながら
「空港の警備員がストライキに入ったらしいよ。」と教えてくれた。
横にいたフランス人夫妻が
「心配しなくて大丈夫ですよ。」とおっしゃって下さるも
「私たちフランス人は他人にあれこれ指図されるのが大嫌いなの。 だからやりたいことを やりたい時にするのよ。」
と教えてくれたGさんの言葉を思い出し、笑いがとまらなかった。
これまで特別に関心を持ったことのなかった国『フランス』。 今回の旅を通じて断然興味と好感を抱いたのは間違いない。 8/25/2006 夏のパリ一人旅(4日目)旅は早くも観光最終日。
前夜遅くまで続いた飲み会にもめげず 友人Jと姉Mさんへのモーニング・コール担当役を買って出る。 「とにかくあなたについて行きます」という殊勝な2人を引き連れホテルを出発。
現存するパリ最古の『ポン・ヌフ橋』を渡り、セーヌ河の中洲『シテ島』へ。
まだ人通りの少ない朝のシテ島を西から歩くに連れ、 警備員の取囲む『最高裁判所』入口に突き当たる。 ひとり、ふたりと、何気なく中に入る人々を見とめ、 試しに私たちもその後に続いてみたものの 「○×△□…!」と駆け寄ってきた警備の方に入館を断られた模様。 そこでJが「ちゃぺる?」とフランス語風(?)発音で質問。 相手は身振り手振りで私たちの向うべき方向を教えて下さっている模様。 “あっちに行けばいいのね”と納得した3人。 ふと付近から“迷惑気な集団の視線”を感じた。 見ると私たちのすぐ側に こちらに背を向けた黒人女性と白人女性の2人組。 少し離れた所にはこちらをじっと見つめる男女10数人の集団。 そのうち黒人女性が振り返り、私たちを無言でじっと見つめる。 “あれ?この人誰だっけ?会ったことあるよね?”と思いつつその場を離れる。 しばらく行くと耐えかねたように興奮したMさんが 「あれウーピー・ゴールドバーグじゃない!」と叫ぶ。
長年ニューヨークに暮らしながら 有名人にはからっきし縁のない(気がついていないだけの可能性アリ)私。 『アル・パチーノ』『チャーリー・シーン』に次ぐ3人目のスター・サイテイングをパリにて体験。 J曰く、隣りの白人女性も有名な女優さんらしいが 私はそのお顔を拝見できず、Jは彼女の名前を思い出せなかった。 知らぬ間に撮影の邪魔をしていた3人は、興奮してその場を後にした。
開館と同時に到着したのは パリ最古のステンドグラスで有名な『サント・シャペル教会』 完成は13世紀半ば、ルイ9世の時代。 外観は入口を見逃すほど質素なたたずまいの小さな教会。 上下2階に分かれた礼拝堂の1階もなかなかのものだが 2階部分はまさに“ステンドグラスの鳥かご”状態。 こじんまりと細長い礼拝堂の壁4面を、最小限の骨組みを支えに 色鮮やかなステンドグラスが めいっぱい敷きつめられている。 外からは全く想像できない幻想的な空間。
イタリア、イギリス、アメリカでも様々なステンドグラスに遭遇したが ひとつの空間でこれだけの迫力と感動を味わったのは初めて。 薄暗い階段を上りつめた直後に飛びこんでくる光と色の洪水は そこを訪れる誰をも一瞬にして魅了する。
次は最高裁判所に隣接した『コンシェルジュリー』。 フランス革命との因縁も深いこの建物。 1793年初めからわずか2年ばかりの間に マリー・アントワネットを含めた2700人もの貴族や革命家が 断頭台に送られるまでの最期の日々を送った場所だという。 マリー・アントワネットの独房を再現した部屋もあり、当時の様子が伺える。
この日最初の食事は『サント・シャペル教会』むかいのカフェにてブランチ。 マッシュルームとチーズのたっぷり入った ふわふわオムレツにフレンチフライ。 ドリンクは『カフェ・クレーム』の大盛り。 ここでも山盛りの新鮮サラダが添えられ、とてもヘルシー。
食後は『ノートルダム大聖堂』へ。 ここでは北側バラ窓の 紫に輝くステンドグラスがとても美しかった。
建物の外にできた長蛇の列に並び、400段近いらせん階段を上れば、 大聖堂の塔の上からパリを見わたすこともできたのだが、 8月初旬だというのに、朝からなんとも肌寒かったこの日。 階段より、寒さの中で遅々として進まぬ行列に並ぶ自信がなく断念。
同じ商品を全く違う価格で販売するみやげ物店の根性を称えつつ おとなりの『サン・ルイ島』に渡る。 観光客であふれる『シテ島』とは対照的なこの島は パリでも有数の高級住宅街とか。 落ちついた島のメインストリート沿いには、上品な専門店が軒を連ねる。 その中でひときわ賑わっていたのが小さなアイスクリームショップ『Bertillon』 この店のことは初日に会ったMさんから耳にし、 3日目に会ったGさんから名前と場所を教えていただいた。
観光客とおぼしき人々が、フランス語を駆使してオーダーしている。 そこで3人のうち最もフランス語に自信のあるJが先頭に。 なんとか単語を並べてオーダーし、お金を出す。 すると店のおじさんがお釣りの計算に戸惑っている。 経理出身のJがすかさず計算の手助けを始めると、おじさんは拙い英語で 「イギリスから来たの?」と聞き返す。 途端に姉のMさんが「いいえ!私たちはアイルランド人で…」と説明開始。 この姉妹、どうやら “フランス人はイギリス人を嫌っている。 よって自分たちは、徹底してイギリス人でないことを強調すべき。”と信じている様子。 思春期までイギリスで暮らしていたため 2人の言葉にはイギリス訛りが残っている。 前夜のレストランでも フランス語の堪能なYさんに 「食べ物に何かイタズラされると困るわ! 私たちはアイルランドから来たとウエイターさんにはっきり伝えて頂戴!」と真面目な顔で訴える。
とりあえずおじさんに英語が通じるとわかり 大好物のチョコレート・アイスクリームをオーダーしてみる。 かなり小さなシュガーコーンの山に予感はあったものの 出てきた1スクープのなんと小さなこと! アメリカの約1/3~1/4といったサイズに唖然。 だがひとくち食べると、その濃厚さにまたビックリ。 最近アメリカで話題になっているのが『フレンチ・ダイエット』 “チーズにワインにチョコレート。 アメリカの女性が大好きな物ばかり食べているのに太らない フランスの女性を見習おう。” 要は“食べるポーションを減らそう”というものなのだが、 このアイスクリームのサイズを見て実際に納得。 同じチョコレート・アイスでも、これだけ濃厚であればそれほど大量には食べられない。 ますますパリが気に入った。
『サン・ルイ島』から右岸に戻ったところで姉妹はパワー切れ。 ホテルに戻ってひと休みするという2人と別れ、ピッチをあげて再び前進。 落ちついた雰囲気の『サン・ポール・サン・ルイ教会』
バステイ-ユ広場の『7月革命記念柱』 『オペラ・バステイ-ユ』を見学し 昔の貴族の館が建ち並ぶ『マレ地区』へ。
ヴィクトル・ユゴーらの住まいもあった『ヴォージュ広場』の木陰で休息し 明るい花園にひかれて『カルナヴァレ博物館』に立ち寄り『フランス歴史博物館』を覗くうち 近代的な『ポンピドウー芸術文化センター』に到着。 この5~6階部分を占めるのが『ルーブル』『オルセー』とともに 『パリ3大美術館』と呼ばれる『国立近代美術館』。 近代美術はどちらかと言うと苦手なのだが、好みの作品を見つけては楽しんだ。
盛りだくさんのパリ観光もここで時間と体力切れ。 “もっと見たい”という欲求にかられ、ほとんど歩きづめだった4日間。 この時ばかりはメトロを利用してホテルに戻る。
ちなみにパリのメトロはロンドンのアンダーグラウンド同様 極めてわかりやすく安全で経済的。
① 車両が小さい ② 冷房がついていない ③ 24時間運営ではない
を除けば、駅構内もニューヨークより明るく清潔で快適。
ホテルに戻り、姉妹と合流して出かけた最後の夕食はホテル近くのレストラン。 パリの夕食としては少々早めの時間帯だったため“ハッピーアワー”にあたりドリンクは半額。 だが翌日の出発が早い私を気づかい、みな2杯でストップ。 姉妹は揃ってステーキ。 私は鱈の身をハーブとともにマッシュポテトと和え、 切り身の形に整えてチーズとともにオーブンで焼き上げたお料理を堪能。 ここでも付け合せのグリーンサラダは山盛り。 フランス人は本当にサラダ好き。 デザートは向いのクレープ専門店にて最後の『チョコレート・クレープ』。
食後は近くの公園を散歩し、3人で最後の記念撮影。 別れを惜しみつつ再会を誓い、ホテルの廊下で姉妹に別れを告げた。
その夜。 絶妙のタイミングで発生したロンドンでの航空機爆破テロ騒ぎ。 イギリスやアメリカの空港での大混乱をケーブルTVで目にしつつ “まあ何とかなるだろう”と床についた。8/23/2006 夏のパリ一人旅 (3日目)3日目。 初日に購入した『パリ・ミュージアム・パス』を活用すべく美術館訪問開始。
まずは『ルーブル』 “あの『モナリサ』を一度この目で見てみたい!” 開館時間にあわせて到着するも、既にどの入口にも行列。 入場前にあるセキュリテイ・チェックが原因で、こればかりはパスがあっても避けられない。 予め入手しておいた館内案内図を広げ お目当ての作品の場所を頭にたたきこむ。
入場後、迷路のような館内を『モナリサ』の写真付き案内矢印→に沿って進み ようやくたどり着いた広い展示室。 その中央壁には予想以上に小さな『モナリサの微笑』。 他のどの展示室より混みあったその部屋の中央には 専用の行列が大河のようにゆっくりと『モナリサ』に向って動いている。 以前は写真撮影が許されていたようだが 現在は禁止。 近づいてゆっくり鑑賞したいと思うのが人情だが 彼女の両脇には鋭い目をした警備員の男性が2人。 盗み撮りをしないよう、正面で立ち止まらないよう、終始注意を促している。 長年の知人と初めて対面したような、なんとも懐かしい印象を受けたこの作品。 一瞬近寄るより、遠くからじっくり眺める方を選び 大河の脇から 納得ゆくまで彼女の不思議な微笑を鑑賞した。
端からじっくり鑑賞すれば、1日かけても足りない『ルーブル』。
入館までに要した時間を惜しみつつ、わずか1時間あまりの慌ただしい鑑賞の後 次の目的地『オルセー』へ。
昔は駅として使われていたというこの建物。 外壁に埋めこまれたクラシックな大時計が印象的。 『ルーブル』より多少規模は小さいものの、私の好きな印象派の作品が目白押し。 フラッシュを使わなければ写真撮影もOK。
モネ、マネ、シスレー、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン… 美術品に疎い私でさえ 見覚えのある名作が所狭しと並んでいる。 我家のイミテーションを見慣れた目には、 本物の驚くほど繊細かつ大胆なタッチが新鮮だった。
お目当ての作品をなんとか鑑賞し終え、午後1時に約束どおり入口へ。 この日最初のお相手はフランス人のGさん。 ギリシャ神話に出てきそうな くっきりした目鼻立ちに 肩までのソバージュは落ちついたブロンド。 東京に2年、ロンドンに5年住んだことのあるという彼女。 英語はもちろん、日本語もなかなかのもの。 笙や琴を奏でるミュージシャンであり、MBAを持つ国際ビジネスマン。 モネの前で写真を撮ろうしたところ 「このジャケットはちょっと背景と色が合わないから脱ぐわね」と オシャレにも気を抜かない大人の女性。
あいにく改装工事中だった『オルセー』の2階レストランでのランチを諦め 『ルーブル』と『コンコルド広場』の間に広がる『チュイルリー公園』のカフェにてテラス・ランチ。 前夜の不調を考慮し、ここでは軽めの『ニース風サラダ』を選択。
アメリカでもお馴染みのこのサラダ。 まるで別物のように新鮮な野菜の組み合わせと ほのかな酸味のドレッシングで食が進み しっかり完食。 ラムの誘惑に耐え、大事をとったおかげで、弱った胃も完全復活した模様。 途中小雨がぱらつくも、大木の下にセットされたテーブルは驚くほど被害なし。 パリ中心部の公園で 雨が木の葉をたたく音を聞きながら ひとくちサイズのチョコレートが添えられた『カフェ・クレーム』でランチ終了。
食後は2人で同公園の南西に位置する『オランジュリー』へ。 ここの最大の展示品は何といってもモネの『睡蓮』。
前後に並ぶ2つの大きな楕円形の展示室。 その巨大な壁に各室4枚、計8枚の大作が展示されている。 中央の椅子に座ると、モネの庭に足を踏み入れたような雰囲気を味わえる。 モネファンにはたまらない空間だ。 『睡蓮』のためにわざわざ改装された『オランジュリー』 6年に及ぶ大改装の末 この5月にオープンしたばかりとか。 絵画にも詳しいGさんとともに、館内の隅々までゆっくり鑑賞を楽しんだ。
美術鑑賞の後、Gさんの案内のもとルーブル界隈を散策。 パリの真ん中にありながら、建物に囲まれているため見つけ難い『パレ・ロワイヤル庭園』
故ダイアナ妃が最後に訪れたホテル『リッツ』や マドンナはじめ、世界の有名人ご用達の宝飾店が取りまく『ヴァンドーム広場』
かわいいお店の建ち並ぶサントノレ通り。 散歩のあとはこれまた隠れ家的な空間 ギャラリー・ヴィヴィエンヌのサロンにてホット・チョコレート休憩。
ここではGさんの友人で 30年近く前に日本からパリに移られたというKさんをご紹介いただく。 パリの学校でピアノの教師をなさっているKさん。 レッスンのたび、練習不足を叱られた幼き日のピアノ教師O先生を思い出しつつ、 お2人との会話を楽しんだ。
夜のお相手は日本人でパリ在住7年目というYさん。 柔らかな黒のドレススーツに鮮やかなブルーのストールで登場した彼女に 思わず「こんな格好でご一緒してもよろしいですか?」と確認。 仕事を終え、ホテルに直行してくださった彼女と簡単な自己紹介。 すると背後から「ゆ・ぴ・あ!」という聞き慣れた声。 なんとそこには「パリで会えない?」という無理難題を 見事にクリアしてやって来たアイルランドに住む友人Jの姿。 予めフロントで彼女の名前を確認するも、該当者なし。 「小さな子供を4人も持つ主婦を誘う方が間違っていた」 と諦めていた矢先なので喜びも倍増。 聞けば ベビーシッターの都合で直前にご主人が同行を断念。 代わりに育児・家事・教職をこなしつつ、博士号を獲得したばかりという 姉のMさんが自分へのご褒美を兼ねて同行することにしたという。 Jと違ってネットにも精通したMさんが旅の全てを手配。 ホテルも彼女の名前で予約してあったのだから、見つからなくてあたり前。 Mさんは初対面だが、Jは昔の仕事仲間で約3年ぶりの再会。 なんとも素敵なサプライズだった。
思わぬ展開にも動じることなく、 一挙に3人の見知らぬ女たちを相手にしたYさん。 学生時代をアメリカで過ごしたという彼女は英語もお上手。 イギリス生まれのアイルランド人姉妹ともスムーズに会話がはこぶ。 この夜、夕食を求めてYさんが案内してくれたのは 初日にひとり迷って歩き回ったサン・ジェルマン・デ・プレ地区のレストラン。 美食の解らぬアイルランド人姉妹から散々バカにされつつ バターの一滴まで残さず、美味しくいただいた前菜の『殻つきエスカルゴ』。 ゴート・チーズをたっぷり塗り、軽くトーストしたバケットがのったサラダは ヘルシーでワインとの相性もバツグン。 赤ワインを少々(?)とカフェ・クレームで夕食も完食。
いくらアルコールを摂取しても、顔色が変化しない3人。 長く賑やかな食事を終え、帰路につくものと思いきや 先頭に立ったYさんが向かったのは なにやらモダンな内装の建物。 1階はレストランのようだが、客の姿はない。 その脇にある広い階段を上ると、一転してうごめくネオンと音の洪水。 細長いスペースの片側にはしゃれた装飾のバーカウンター。 そのまわりに大きめのソファーとテーブルが何組も配置され、 奥にはDJが音楽に浸っている。 “これがパリのラウンジ・バーというやつか” 運良く空いたDJ前の席を陣取り、4人で再び乾杯。 食後ではあったが、シャンパンベースのキールをいただいた。
初対面とは思えぬほど盛り上がった女4人。 フランス、日本、アイルランド、アメリカ、家庭、キャリア、宗教、政治… おしゃべり好きな姉妹を中心に、深夜まで会話が尽きることはなかった。 8/20/2006 夏のパリ一人旅 (2日目)2日目。 団体行動が苦手なものの、フランス語への不安から事前にネットで予約した 『ベルサイユ宮殿とパリ市内1日観光バスツアー(英語版)』に参加。 前日の下調べが功を奏し、ルーブル近くのツアー会社に 指示どおり朝8時25分キッカリに到着。 集合場所は早くも各種ツアーの参加者の群でごったがえしていた。 客の人種も 飛び交う言語も多種多様。 こじんまりした集団での観光を想像していたツアー初心者の私はいきなり度肝を抜かれた。
ダブルデッカーの2階席からパリ市内を眺めつつ最初に向ったのは パリ郊外にある『ベルサイユ宮殿』 『ルイ14世』に『マリー・アントワネット』 初めて訪れる場所とは言え 『ベルばら』で育った私には懐かしい名称ばかり。 2004年から17年計画で行われているという大改修のため 外壁の半分は幕に覆われ、内部も鑑賞範囲が制限されていたものの 完成までに半世紀も要したという壮麗な宮殿と 果てしなく広がる庭園に感動しない方が無理というもの。
個人・団体ともに、早朝から見学に訪れた多くの観光客らとともに
英語グループ担当のガイドさんについて宮殿内各室を鑑賞。 『鏡の回廊』に『マリー・アントワネットの寝室』
『ナポレオン』や『ルイ14世』の肖像画
残念ながら失われた調度品の数々は、寄付金などを使って世界中から 少しづつ買い戻しているという話にも驚いたが、 その筆頭援助者として「ロックフェラー」の名が挙がった時は 多くのアメリカ人観光客が満足気に頷いていた。
このツアーでまず知り合ったのは イギリスで生まれ、今は南フランスの街に居をかまえるJさんと その友人でアメリカのバージニア州に住むNさん。 それぞれご主人と優雅な隠居生活を送りつつ、 時間を作っては 2人で旅行を楽しんでおられるとのこと。 上品なものごしと優しい眼差し。 魅力的なハスキー・ボイスで歯切れの良いブリテイッシュ・イングリッシュを使う姉御肌のJさん。 旅のプランは彼女の担当らしいが、 「中途半端な下調べしかしないので、いつもどこか抜けた旅になる」と嘆く相棒のNさん。 彼女は現役時代、ニューヨークの劇場で美術担当だったというアーテイスト。 小柄でない私が見上げるほどの長身で 「旅先では足の出ないベットを探すのが大変なのよね。」と笑いとばす。 すっかり2人のファンと化し、帰りのバスではお互いの連絡先を交換。 バスがパリ市内に戻ったところで 『ベルサイユ宮殿ツアー』のみの参加だったお2人と旅の安全と再会を祈って別れた。
ツアーの昼食は市内の『アイリッシュ・パブ』にて3コースセット。 前菜は名称不明、ハムのパテのようなもの。 食事というよりは、ビールのつまみに最適な一品。 メインは『チキンのハーブローストにガーリック・ポテト』 デザートは特大『チョコレート・ムース』 少々ヘビーな組み合わせだが、ツアーの食事としたらこんなものなのだろう。
午前中のツアーから、ランチのレストランへ移動したのは私を含めた4組。 他に客のいない静まりかえったレストランでまず口火をきったのは 陽気なアメリカ人男性率いる一行。 アメリカはカリフォルニア州からやってきた親子3人と イタリアからやってきたご夫婦の2家族5人組。 奥さん同士が友達で、ともにベトナム出身だとか。 英語、イタリア語、ベトナム語と互いの間でも言語が変わるユニークな集団。 最も口数の少なかったイタリア人のご主人が、食後にボソッと英語で 「明日は美味しいピザでも食べよう」とおっしゃったのには一同爆笑。
食後の休憩を終え、午後は再びダブルデッカーに乗って市内観光へ。 新たに『パリ市内観光ツアー』のみの参加者多数が加わり、バスは再び満員。 ここでは朝から同乗していた別のご家族とともに行動開始。 イギリス南西部からやって来たという4人家族の長男L君。 “1人でツアーに参加しているアジア人の女”が珍しかったらしく ランチの最中もビシバシ視線を送ってくる。 大柄のご両親に似てかなり長身だが、おそらくまだ12歳前後。 好奇心旺盛らしく、頃合いを見て“待ってました”とばかりに質問攻め。 すると彼より2つ3つ上の姉Sちゃんも、恥かしそうに会話に加わる。 多分2人のご両親は私とほぼ同年代だと思われるのだが、なにせ5人の中でL君に次いで小さな私。 いつのまにか3人目の子供となり、ご夫婦に挟まれて行動していた。
基本的に市内観光は車窓からの見学。 ガイドは全て録音されたものをイア・ピースで聞く。 しかしそこは大都市パリ。 バスの進行が必ずしも録音内容と一致していない。 多少の時差ボケも手伝って、いつしか夢の中へ。 L君Sちゃんのお母さんに話しかけられて目を覚ました時は 目の前にあのエッフェル塔がそびえ立っていた。 2階展望台に登るべく全員が下車。 運良く晴れわたった午後のひととき。 ここでも観光客の長蛇の列が 広大な敷地を埋めつくす。 ニューヨークでもこれほど多くの観光客を一挙に目にすることは珍しい。 さすがパリ。さすがエッフェル塔。
団体専用の入口を利用しつつも、30分近い待ち時間を経てようやく2階展望台へ。 前日は北から見わたしたパリ市内。この日は西から見学。
『セーヌ河下り』の観光チケットを配られ、ツアーはここで無事解散。 エッフェル塔の最上展望台まで登るのが一番の狙いだったL君一家とも ここでお別れとなった。
2日目夜のお相手は ネットの掲示板で知り合ったAさん。 パリ初心者の私を気づかい、指定して下さった待ち合わせ場所は エッフェル塔2階にあるレストランへの専用入口前。
彼女の国際携帯番号は事前に知らせてもらったものの、こちらは携帯なし。 お互いの写真も予め交換してあったとは言え “このようなセッテイングで本当に初対面の人と会えるのだろうか?” 不安と期待を胸に待ちわびる私。
そこへ小走りに「ゆぴあさ~ん!」と駆け寄って来たのは 色白ですらリとした、ロングヘアのうら若き女性。 あちこちでよく見かける“日本人観光客風”と違い “パリの住人風”といった、さり気ない出で立ちで登場。 さすが世界各地への一人旅を経験しておられるだけある。
そして夕食。 ネットで調べた『魚介スープの美味いレストラン』に向ったところ 『夏休みにつき休業中』らしき札。 がっかりしつつも2人でその付近を探索し、選んだ店がこちら。 公園の向いにオープンテラスを構えるセッテイングがパリらしい。
まずはキールで初対面のご挨拶。 この店のセットメニューは、「前菜とメイン」か「メインとデザート」の2コース。 初対面にして「食と酒には自信あり」という2人。 赤ワインのボトルとともにそれぞれ 『エスカルゴ』と『フォアグラ』 『フィッシュ・スープ』と『ラム』のセットをオーダー。 Aさんがエスカルゴときのこのデイッシュと格闘する中、 私は大きなスープ皿にたっぷり入った『フィッシュ・スープ』をいただく。 様々な魚介類がミンチされ、適度な歯ごたえと喉越しを保ちつつ 海のエキスがしっかり詰まったスープは それだけで充分メイン・デイッシュとして通用する一品。 つけあわせのトーストしたバケットを浸していただけばますます美味。 最後までしっかり完食。
ところが、2日目の夜で疲れがたまっていたせいか、 キールと大盛りの前菜でいきなりピッチをあげすぎたせいか、 大好物の『ラム』が登場したとたん、この胃が突然悲鳴をあげた。 それでも 見るからに柔らかく、ほどよい焼き加減のラムを前に思わず一切れ口に運ぶ。 ところが これがなかなか喉を通らない。 心配したAさんが私に合わせてペースを落として下さるも いつまでたっても食欲が回復しない。 「パリに行ったら、美味いラムを食べる!」との誓いも虚しく ロンドンでの最悪の事態をくり返さぬため 大好きな『ラム』も『赤ワイン』もそこで自主規制。 デザートやコーヒーもオーダーせず、水だけで夕食を終えた。
日頃の行いが悪いのか、鍛え方が足りないのか、もう無理のきかない歳なのか、 ここぞという時になんという失態! ニューヨークのように「持ち帰る」わけにもいかず、 不満を募らせたウエイターさんがしぶしぶ下げる皿に残った『ラム』の姿は 旅を終えた今も忘れられない。
初対面でご心配をおかけしたAさん、あらためてお詫びします。 次回は是非ニューヨークにてお付き合いください。 8/15/2006 夏のパリ一人旅 (1日目)旅行の前はいつも些細な事が気にかかり、直前まで無駄な準備におわれる。 それがスーツケースを抱えて一歩家を出た途端、全てから解放される。 旅の喜びを感じる最初の瞬間だ。
ニューヨーク→パリ間は直行便で約6時間。 夕方出発のフライトに乗り、朝8時前にはシャルル・ドゴール空港に到着。 空港と市内の往復には 電車やバスより高いが、タクシーより安い乗り合いバスを利用。 往復で利用するとデイスカントのあるこの会社の場合 料金はトータルで51.30ユーロ(税・サ料込み)。 予約・支払いともに事前にネットで済ませられるため、現金は一切不要。 空港内で荷物を待つ間 公衆電話からトールフリー番号を使って到着を伝えると 運転手の待つ出口を教えてくれる。
このようなサービスの運転手というと どうも“ポッチャリしたおじさん”をイメージしがち。 指示された出口を出ると、HPで見覚えのある社名入り車両がすぐ目の前に。 ところが運転席はカラ。 あたりには 物思いにふけってじっと遠くを見つめたたずむ 30歳前後のスリムなスーツ姿の男性しか見当たらない。 仕方なくその場で運転手を待つことに。 すると、いきなり私の存在に気づいたその男性が 「まだむ ゆぴあ?」と聞いてくる。 “ドライバーさん”だった。 ダークグレーに細かなチェックの入ったスーツ。 落ち着いたエンジのシャツ。 きちんと磨かれた黒い革靴に さり気なくカットしたショートヘア。 ニューヨークなら そのまま5番街のブランドショップに勤められそうな雰囲気。
やはりパリ人のファションレベルは高い。
ホテルは今回もアメリカのベスト・ウエスタン系から 美術館巡りがし易く、交通の便が良いことを重点に選択。 キャンセル不可の特別料金とは言え、 物価の高いパリ中心部で1泊89ユーロ(税・サ料込み)はかなりお得。 指定したダブルの禁煙室は6階・最上階の東向き。 ロンドンのホテルでも部屋の狭さに驚いたものだが パリのこの部屋はその約半分(4畳半程度)。 屋根の傾斜に添った側面の大きな窓越しには ヨーロッパらしいたたずまいのアパートが見えた。
出発前、下調べを重ねるうち襲ってきたもうひとつの不安が『治安』。
“ニセ警官に騙された” “美術館でいきなり男に抱きつかれた” “公園で集団に取り囲まれた” “地下鉄でスリにあった” “道路でバイクのひったくりにあった”
やたらと物騒な体験談が目につく。 『NYと違ってパリは恐ろしい街なのだ!気をつけよう!』 休息後、緊張感とともに早速街へくりだした。
まずはホテルから西へ徒歩10分の『ルーブル美術館』へ。 あの荘厳な建物と近代的なピラミッドを目のあたりにし、早くも感動。 この日の目的は美術鑑賞ではなく『パリ・ミュージアム・パス』の入手。
2日で30、4日で45、6日で60ユーロのこのパスを使えば パリ市内及び近郊の60を越える主要美術館やモニュメントへ何度でも入館が可能。 全世界から訪れる観光客でごったがえすこの時期 人気スポットはどこもチケットを求めて長蛇の列ができる。 しかしこのパスさえあれば、専用の入口から簡単に入館可能。 2日用パスを購入して6箇所まわった私は、約15ユーロ得した。 パスを入手したところで最初の食事。 とりあえずルーブルの地下にあるフードコートにて 有名な「キッシュ・ロレーン」にトライ。 ふんわりした舌触りの軽いキッシュには しっかりした食感と塩味のきいたベーコンにチーズの香り。 青々としたレタスと完熟トマトのサラダもしっかり添えられている。 美術館内のフードコートでこのレベルとは! やはりフランス人の味覚レベルは高い。 腹ごしらえした後はルーブルを出てセーヌ河を渡り 左岸のサン・ジェルマン・デ・プレ地区を散策。
“危険なパリの路上では地図を見ない”と決め、勘を頼りにとにかく前進。 だが、碁盤の目のニューヨークに慣れきっているせいか なかなか目的地にたどり着かない。 午後のひと時 カフェのテラスでくつろぐ人々に注目されつつ 同じ場所を行ったり来たり。 お蔭でこのあたりの地理をしっかり把握することができた。
初日の夜のお相手は 学生時代からパリに住むというフランス人のMさん。 軽くウエーブのきいたブルネットに知的なまなざしを放つ36歳。 見るからに華奢な彼女は 少しばかり緊張した面持ちで登場。 英語は学生の頃習っただけという彼女。 話しているうちにいつの間にか 英語がフランス語になりつつも 初めてのパリに興奮し、あれこれ質問しまくる私に根気よく対応してくれた。 彼女の車で2人が向ったのは パリの北端にあるモンマルトルの丘。 そこに建つ『サクレ・クール聖堂』前の広場からはパリが一望できる。 19世紀後半から多くの芸術家たちが住み着いたというこの地区。 テルトル広場には この日も様々なスタイルの似顔絵描きたちが 観光客相手に腕を振るっていた。 夕食はこの広場の脇にあるビストロでフランスの家庭料理に挑戦。 数あるお店の中からMさんが選んだこの店には 観光客より地元の人らしき姿が目立つ。 メニューの中から選んだのは3コースのセット。 前菜は予想以上にさっぱりした大盛りのスープに 濃厚なエメンタール・チーズののった『オニオン・スープ』 メインはまわりのフランス人たちに人気だった『牛肉の赤ワイン煮込み』 フォークで簡単にほぐれるほど柔らかく煮込んだ牛肉に 茹でたポテトが丸ごと添えられている。 実に素朴だが飽きのこない味つけだった。 そしてデザートはこれまたフランスらしい『チョコレート・クレープ』 大判のクレープがサーブする直前に焼かれ これまた濃厚なチョコレートソースがたっぷりかけられている。 赤ワインのハーフボトルとともに、2人で40ユーロ(税・サ料込み)。 味、量、値段、全てに満足した夕食だった。 そしてホテルへの帰り道、 わざわざ遠回りして夜のシャンゼリゼ通りや凱旋門、 光り輝くエッフェル塔を見せてくれたMさん。 充実した長い1日目はこうしてあっという間に終わった。 8/13/2006 夏のパリ一人旅 (準備編)昨年暮れ ロンドンへの一人旅を満喫したことが忘れられず 夏の一人旅を思いたった。
“勝手知ったるロンドンを拠点に『ユーロスター』でロンドン-パリ間を往復しよう!” と盛り上がってはみたものの 既に夏休みシーズン直前というタイミングのせいか 『ダビンチ・コード』ブームのせいか 毎度ケチなマイレージでの旅を試みるせいか なんとしてもNY-ロンドン間のチケットが取れない。 一度は旅を断念したものの いつのまにか予定が決まっていた ダンナの『夏のローマ一人旅』『秋のハワイ一人旅』計画に触発され なんとかNY-パリ便をおさえ 私の『夏のパリ一人旅』が実行に移さることとなった。
各種有名美術館にモニュメント 宮殿に古城と見どころの尽きないパリとその近郊。 もちろんフランス料理やワイン、チーズも外せない。 あれこれ期待が膨らむ一方で、大きな問題点がひとつ。
フランス語がわからない。
謙遜でも何でもなく、あいさつや数字すら知らない。 これまでずっと英語に頼りきって生きてきた私。 過去2度ほどイタリアを訪れた際は 大学でイタリア語の基礎を身につけたダンナが一緒だった。 至れり尽くせりの日本のガイドブックを入手し ネットで発音練習を試みるものの、どうもフランス語に聞こえない。 簡単な会話文には 初心者向けにカナがふってあるが それすら舌を噛みそうでまともに読めない。
根性ナシの私はここで人様の力にすがることにした。 まずはパリ近辺(この場合かなり広い範囲を指す)の友人たちにパリへ来ないか打診。 アイルランドに住む友人に脈アリ。 しかし大家族の母である彼女。 実際このような無謀な誘いに乗れるかどうかは疑わしい。
次に旅情報を求めて行き着いた日本語サイトで 『旅仲間募集』の掲示板を発見。 迷いに迷った末 『8月7日~11日までパリに滞在します。どなたかお食事ご一緒しませんか?NY在住の女性です。』
の書き込み決行。 数日後、日本在住の女性から返事アリ。 メールでやりとりを重ねた後、まだ見ぬエッフェル塔にて会う約束を交わす。 いまの世の中、ネットで見つからないモノはないことを実感。
出発10日前。 何年かぶりで再会した友人にパリ行きを報告。 すると彼女の友人がちょうどパリから遊びに来ているとのこと。 あいにく彼は私のパリ滞在中、再び国外に出るため不在。 代わりに彼の友人3人を紹介してくれた。 英語のできるパリジェンヌ2人と日本人女性。 メールを通じてそれぞれの予定を確認し、出発2日前には見るからに充実した旅のスケジュールが完成。
フランス語に対する不安もすっかり消え 気分は一足先にパリへと旅立った。 8/5/2006 猛暑の末ニューヨークを襲った猛暑がようやく落ちついた。 最高気温は連日36℃前後だったようだが、 湿気が加わった体感温度は40~46℃ほど。 車や建物からの熱風もあり、通りを歩くと逃れようのない熱気に包まれ、息苦しい。 ただでさえ必要以上に冷房を効かせがちな昨今。 ここぞとばかりに全ての冷房設備をフル回転させるため あちこちで許容量を超えた停電が発生。 まだまだ古い設備の多いこの街。 地下に張りめぐらされたケーブルもパンクし 映画のシーンのごとく、マンホールからは炎が燃え上がり 更なる停電を引きおこす。 復旧作業もはかどらず、人々の苛立ちは増す一方。 いまのところ ニューヨーク市だけでも10名が 今回の猛暑が原因で死亡したとみられている。 暑さが苦手で住み着いたこのニューヨークも 地球温暖化の影響を確実に受けているようだ。
さて 明日からは待望の夏休み。 昨年のロンドンに続き、今回の一人旅の行先はパリ。 初パリ、初フランスである。 最大の目的は『ルーブル』やリニューアルしたての『オランジュリー』美術館と 『ヴェルサイユ宮殿』 そしてもちろん『美味しいフランス料理!』 無事帰国できたらまたご報告したい。 7/27/2006 返品事情2年前に人様のお古をもらいうけ 毎日酷使してきたレーザージェットプリンターが息絶えた。 仕事上の必須アイテムでもあるため 限られた予算と無い知恵を絞り これまでよりちょっぴり性能の良いプリンターと これまで無くて苦労したスキャナーをオーダー。 『このプリンターにはケーブルが付いていません』 の注意書に促され「USBケーブル」も合わせてオーダー。
週末を挟んだ4日後 $100のインスタントリベート付&送料無料アイテム とは思えぬ早さで商品が到着。 新品の香りと優れた性能に満足しつつ ふと気がつくとパッケージに入ったままの「USBケーブル」。 先代のケーブルがそのまま利用できたため 購入早々『無用の長物』と化してしまった。
3mのケーブルのお代は$24.99。 そのまま店頭に陳列できる状態の商品を放置する気にもなれず カスタマーサービスに電話。 国籍はもちろん、その声からは母国語や年齢、性別すら 判断しかねるオペレーターが NYでも聞きなれない独特のアクセントで応対を始めた。
「受取った商品を1つ返品したいんですが…」
「もちろん、お手伝いしますよ。オーダー番号は?」
「○○○○-××××です」
「ホッホォ~!すばらしいスキャナーをお求めですね? いったい何に使うんですか?」
-11機種ある中で2番目に安い品を選んだのだが-
「仕事用です。」
「そうですかぁ!いったいどんなお仕事なんですか?」
-かいつまむとこれだけの会話を交わすのに既に5分経過-
「まあ何でもいいじゃない。 私はとにかくこのケーブルだけ返品したいんですけど。」
「ええっ!でもケーブルがないとプリンターは使えませんよ!」
「これまで使っていたプリンターのが利用できたんです。」
「そうですか。わかりました。お手伝いしますよ。 ところで、当社の製品は他にも何かお使いですか?」
「いいえ。今回買ったものだけです。」
「そうなんですか。コンピューターとかは如何ですか?」
「違います。早く手続きお願いします。」
「そうですか。わかりました。少々お待ちください。」
-待つこと更に5分-
「聞いて下さいっ!あなたに耳寄りなオファーがありますよ! ケーブルを返品したら$24.99戻ってくるだけですが、 その分を利用して3年間のスキャナー補償を$34.99で購入した方が ず~っとお得ですよ!○×△●□◎▼…以下省略」
「興味ありません。返品しますからクレジットにしてください。」
「どうしてですか?!こんなオトクなプランはないでしょう?! これならスキャナーが明日壊れても安心なんですよ! ビジネスとして考えたら、当然の選択でしょう? ○×△●□◎▼…以下省略」
「い・り・ま・せ・ん! それともおたくの商品は明日にでも壊れかねないの?」
「そ、そんなことはありません! でもこの補償は○×△●□◎▼…以下省略」
「お願いだから、はやく返品の手続きをしてください。 私も忙しいんだから。」
「えっ?!忙しいんですか? …わかりました。少々お待ち下さい。」
-待つこと2分。急にぶっきらぼうな口調で-
「クレジットの手続きを済ませました。 合計で$26.74の返金となります。確認番号は××××です。」
「ありがとう。で、商品はどうやって返送したらいいの?」
「ああ、それはもう持っていて下さい。送る必要はありません。」
「いいの?」
-ここで再び声のトーンを変えて-
「私たちは常にお客様に満足していただける サービスを心がけております。 プリンターはケーブルが使えなければ役にたちません。 お手元のケーブルが故障した場合に備え、 私どもからのギフトとしてお受取下さい。 とにかくお客さまに満足していただくことを 第一と考えておりますので。」
「そう。ありがと。」
20分弱に及ぶ会話の末、 消費者の私は約$27のデイスカウントと $25のケーブル1本をゲット。 メーカー側は一顧客の“満足”をゲット。 たかがケーブル、されどケーブルである。 7/15/2006 ギフト選び世の中にはギフト選びの得意な人間とそうでない人間がいる。 私はあえて考えるまでもなく…後者。 自分の物すら上手く見つけられない者に 人様の喜ぶ物など選べるわけもない。 冠婚葬祭にまつわるしきたりの多い日本を離れたのが 不幸中の幸いとは言え、 いざ事が起こると『現金を送る』という 伝統的な日本の習慣は使えないのがこの国。 その昔 今より更に無知な学生だった頃 『出産祝い』として普通に手渡した現金を見て ひきつった表情で当惑していた友人夫婦の顔は今も忘れない。
子供のいない我が家の場合 お付き合いは比較的少ない方だと思う。 それでも避けて通れないのが『結婚祝い』と『出産祝い』。 今回は知人の娘さんが9月に式を挙げる運びとなった。 昔の私であれば この吉報を聞いた途端 ギフト選びを思って憂鬱な日々が始まったのであるが、 有難いことに昨今はそのような心配もなくなった。 インターネットの普及とともに急速に広がった 『オンライン・ギフト・レジストリー』のお陰である。
当事者が欲しい物のある百貨店や専門店でレジストリーを開設。 友人や親戚は指定された店のサイトを通じ、 当事者の選んだ商品リストから予算に応じた品を選択するだけ。 店の商品券をオプションのひとつに加えることで 当事者はそれを使って ある程度高額な商品を手に入れることもできる。 支払いはクレジットカード。 あちこちの店に出向いて商品を物色する必要もなければ、 面倒なギフトの発送に労力を使うこともない。 何よりも、受ける側は必ず欲しい物をもらうことができる。
最近はレジストリーを開設できる店も増え 先駆者とも言える庶民の味方『Target』(http://www.target.com/gp/registry/wedding.html/ref=nav_t_clubwedd/601-1351950-7609725)から、 何でも見つかる『Amazon』(http://www.amazon.com/gp/wedding/homepage/002-7780287-6797601?ie=UTF8&ref%5F=br%5Fwedr)や お洒落なインテリアの味方『Crate & Barrel』(http://www.crateandbarrel.com/gr/default.aspx)に
日曜大工には欠かせない『Home Depot』(http://www.homedepot.com/prel80/HDUS/EN_US/diy_main/pg_diy.jsp?CNTTYPE=PROD_META&pos=n56&MID=9876&com.broadvision.session.new=Yes&CNTKEY=Gift+Center%2fGift+Registry) などなど、種類も豊富だ。
その反面、 <当事者にギフトの金額が筒抜け> <ギフトが何かを期待するサプライズが無い> <“贈る側は心のこもったギフトを自ら厳選し 当事者はその気持ちを有難く受取る” というギフト本来の姿から逸脱している> <ギフトの代わりに現金を要求し、儲けを出す輩が出てきた> など、このシステムに対する批判も多い。
ネットやEメールの普及とともに 祝い事のお知らせそのものも 手間・暇・費用のかかる“印刷物”とは無縁の世界。 世界中どこにいる知人であろうと 知らせはEメールで一瞬にして送られる。 その中には これまた誰もが簡単に作れるようになった ホームページやブログのアドレス。 写真やビデオ・音楽を交えたオリジナルのサイトには 吉報とともに 挙式やベビーシャワーの詳細 参加者のためのホテルやフライト情報 レジストリーの紹介と至れり尽くせり。
実に合理的なこのシステムに対する意見はいろいろあれど、 私のような苦い経験を持ち、 ギフト選びのセンスが欠落した人間にとって これほど有難いことはない。 まったく インターネット様様 である。 7/4/2006 宇宙へ今日は独立記念日。 各地で記念パレードや花火大会が開催され 本格的な夏の到来を感じさせる。
恒例の日没後の花火大会を前に、 土曜日から延期されていたスペースシャトル 『デイスカバリー』の打ち上げが行われた。 ”Third time was a charm”で 今回3度目にしてようやく実現したうえ、 初の独立記念日の打ち上げとあって注目が集まった。
知力・体力・精神力を備えて生まれ変わることができたら 次回は是非とも宇宙飛行士を目指したい私。 今回の打ち上げ観察はネットを利用してみた。 http://news.yahoo.com/fc/Science/Space_Shuttle http://spaceflight.nasa.gov/realdata/tracking/
落ちついた声の中にも静かな興奮を伴った 男性アナウンサーの実況とともに 様々な角度からの映像がリアルタイムで映し出される。 シャトルの全景を捕らえた打ち上げ前後の映像。 発射台との切り離しの瞬間を捉えたズーム。 青空を背景に役目を終えて切り離される 2本の固体ロケット・ブースター。 機体が地上の望遠カメラの視界を去ると 外部燃料タンクに設置されたカメラからの映像に切り替わる。 機体の下方に見る見る遠のいてゆく地上の映像。 液体から固体に変化する画面の水滴。 静けさの後 一瞬燃え立つ視界の炎。 そしてゆっくりと離れてゆくオービターの姿。 まるで自分もその場にいるような感覚を味わえる。
1986年1月。 当時ワシントンDCで気楽な学生生活を送っていた私が テレビで目にしたのは『チャレンジャー』の打ち上げと その無惨な最期の映像だった。 科学の粋を集結したはずのスペースシャトルの事故は 何よりも衝撃的で受け入れ難い現実だった。
あれから20年。 今回のミッションは2010年の完成に向け建設が急がれる スペースステーションまで約2トンの積荷を運ぶこと。 予定が遅れるたび 各方面からのプレッシャーも増す。 それでも安全性を最優先し 1日にわずか10分ほどしかないという枠内での 打ち上げを試みるNASA。
人間が宇宙へ飛び立つばかりか、 各国が協力して大きなプロジェクトに取り組む様子は 想像するだけワクワクする。 230回目の誕生日を機に 『破壊する』側から『創り出す』リーダーに 生まれ変わって欲しいと改めて願った午後だった。 |
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